「安岡力也さん」と「長谷川和彦監督」が殴り合いも…自宅での“餅つき大会”には300人以上が集結 どこまでもシブくダンディな名優の“しびれる言葉”

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「キンタは家族だから」

 原田夫人の章代さんが企画・監修した『原田芳雄 風来伝』(日之出出版)にも「餅つき」という項目がある。餅つきの様子や集まった人の写真が何枚も掲載され、その中には長く親子の確執が言われていた故・三國連太郎と佐藤浩市(65)のツーショットもあったりして、実に興味深い。

 その本の中で、原田は集まる面々についてこう語っている。

〈魚おろし、カレー、おでん……と、オーソリティが何人もいますし、中にはプロの料理人もいる。うちにはプロ用の道具も揃っていますから〉

 このうち、カレーを任されたのは金山一彦(58)。金山には2度、餅つき大会のことを語ってもらった。金山は餅つき大会をサポートしている佐藤浩市、勝村政信(63)、松尾貴史(66)、杉本哲太(61)らのメンバーが集まる飲み会に誘われたのがきっかけで、原田宅に出入りするようになった。

「あの人のおかげ」をテーマにしたインタビューでは、金山は原田の長男・喧太(56)とも友だちで、喧太が「キンタ(金山の愛称)はコックやってたから、料理が上手だよ」と原田に紹介したという。そして……。

〈「じゃあ、餅つきのカレーを作ってくれないか」って気さくに言ってもらえたんです…早速、その年の暮れにカレーを作りました。それを食べた芳雄さんが「うまい! 毎年作ってくれ」と〉

 以来、金山は餅つき大会のカレー番になった。そんな金山にかけた、原田の言葉が胸に染みる。

〈うれしかったのは、落ち込んでいた時に言葉で助けてくれたこと。一番心に残っているのは「キンタは家族だから」。父親のいない僕には、オヤジみたいな存在でした〉

「えにしの縁だぞ」 

 原田は誰に対しても優しい眼差しを向けていたということだろう。こんなエピソードもある。

 人間の怨念を歌い上げる歌手、山﨑ハコ(69)も原田の包み込むような優しさに助けられた一人だ。

 原田はハコにとって憧れの人で、高校生でデビュー後、原田に出会った。デビューアルバムは「飛・び・ま・す」。彼女へのインタビューで語られた、出会った時の原田の第一声は〈「飛・び・ま・す」聴いてるよ〉だったという。怖いイメージやあまりしゃべらないというイメージだったのでハコは拍子抜けした。そして〈「普通の高校生だろ。でも、歌は天才的」〉と素直に評価してくれた。新人にとってこんなに励みになる言葉はないかもしれない。

 しかしその後、原田に怒鳴られた。90年代、所属していた事務所が解散、家賃も滞納するような有り様で途方にくれていた。それを知った原田は、

〈ハコは親もいないし、彼もいないから、ひょっとして“ひとりっきり”と思っていないか。そんなことはない。ハコの歌が好きで聴いているヤツ、いっぱいいるんだ。オレも好きだし、ハコの歌が聴けなくなったら、寂しいヤツいっぱいいるんだ。第一、オレが寂しいだろ!〉

 名優でこんな言葉をかけてくれる人は、芸能界広しといえど、なかなかいない。その後だが、〈原田がふと「ハコの歌は『縁歌』だなあ。えにしの『縁』だぞ」とつぶやいた〉こともあったそうだ。原田はハコとの縁を大切にしていたのだ。

 来るもの拒まずの餅つき大会とか、孤独な女性への思いやり。おこがましいかもしれないが、そこに原田芳雄の人間性が集約されている気がする。

峯田淳/コラムニスト

デイリー新潮編集部

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