“過酷な罰ゲーム”に“海外長期ロケ”…成功へのハードルは高くても「アメリカ横断ウルトラクイズ」が電撃復活した理由

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あの番組が復活!

「放送されていた当時は、『みんな! ニューヨークへ行きたいかーっ!?』『罰ゲームは怖くないかーっ!!』と聞こえたら、その場にいた誰かしらが反応したものです。それぐらいの人気コンテンツに返り咲いてほしいですね」(元日本テレビ局員)

 視聴者参加型の大型クイズ番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」(以下、「ウルトラクイズ」)が、番組誕生50周年を記念し、年末年始の大型特番(放送日未定)として約30年ぶりに復活すると日本テレビが発表した。新たなMCには、5月31日をもってグループとしての活動を終了した嵐の櫻井翔(44)が就任する。

 同日から挑戦者の募集も開始。1次予選は9月12日にスタートする予定で、今回は“令和版”としてまずヨーロッパを巡り、番組史上初めてアフリカ大陸を訪れ、決勝はアメリカで行われる、文字通り「地球一周」規模へとスケールアップした内容になるという。

「ウルトラクイズ」は、「矢追純一UFOシリーズ」や「元祖どっきりカメラ」など、数々の人気企画を生み出した日本テレビの「木曜スペシャル」枠で放送された。1977年の同局創立25周年(開局24周年)記念番組としてスタートし、翌78年からレギュラー化。その後は毎年1回、秋の風物詩として、10月下旬から12月上旬にかけて放送されてきた。

「日本各地から集まった挑戦者たちが『知力、体力、時の運』を合言葉に、広大なアメリカ大陸を横断しながら1000問以上のクイズに挑戦し、ゴールのニューヨークを目指す。当時としては前例のないスケールの番組でした。他のクイズ番組とは異なり、18歳以上(第11回までは45歳以下、第12回から第16回までは50歳以下、『今世紀最後』では年齢制限なし)でパスポートを持っていれば、オーディションなしで誰でも参加できたのも大きな特徴でした。1987年には、バブル景気で各局の制作費が潤沢だったとはいえ、『世界で最も制作費のかかったクイズ番組』としてギネス世界記録にも認定されています」(同前)

 87年の第11回大会までは、平均世帯視聴率20%超(ビデオリサーチ調べ、関東地区、以下同)を記録する国民的人気番組だった。しかし、その後は徐々に数字を落とし、88年の第12回以降は10%台へと低下する。

 しかし、番組の勢いは衰えていなかった。予選参加者は77年の第1回が約400人だったのに対し、最後の開催となった92年以来、6年ぶりに復活した98年の第17回では約5万人が応募。世帯視聴率も21.2%を記録し、改めて番組ブランドの強さを証明した。

「予選では、全国から集まった挑戦者がプロ野球・巨人の本拠地だった後楽園球場に集結し、○×クイズで一気に人数を絞られます。令和版は東京ドームでしょうが、〇×クイズだけでも往年のファンは胸が熱くなるでしょう」(ベテラン芸能記者)

 さらに番組を彩ったのが、泥まみれになって早押しボタンを奪い合う『どろんこクイズ』や、氷点下のアラスカで繰り広げられた過酷な耐久戦、敗者復活戦など、知力だけでなく体力や運まで試される奇想天外な演出だ。

「第15回まで司会を務めた福留功男さん(84)は、進行と出題を1人でこなす独自のスタイルを確立しました。敗者に向かって放った『何か言い残すことは!?』や、『そんなわけねぇだろ!!』といった歯切れのいい名ゼリフも人気を集め、一躍、日本テレビを代表するアナウンサーへと駆け上がりました」(同)

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