取引先社長から「7歳上のうちの娘と結婚してくれ」 母にはマンション、奨学金も肩代わり…貧乏育ちの僕を待っていた甘すぎる縁談は罠なのか
本音は「ありがたかった」
いや、きれいごとを言い過ぎているかもと彼はつぶやいた。貧乏が嫌だった彼が、彼女と結婚すれば母に楽をさせてやれる、自分も自力で家を買わなくてすむと思ったのは確かだという。
「そのころの勤務先の給料では、ひとりなら何とか食べていけるけど、家庭をもって中古マンションを買うのは苦しい。子どもを育てるとしたら、共働きは必須。でも子どものころを思い出すと、小さいときだけでも母親にもっとかまってほしかった。お金のことで不安に陥るのはもういやだと思っていたから、社長の申し出はありがたかった。それが本音ですね」
誰だって、今よりいい暮らしができるとなれば目の色が変わるだろう。目の前の女性がどうしても苦手なタイプでない限り、結婚してしまおうかと思っても不思議はない。
「もちろん仕事は今すぐやめなくてもいい、いずれ移ってくれればいい。新婚夫婦のために住居は用意する。若いうちは好きなように暮らしなさい。社長は本当に好条件を出してくれたんです。僕はそんなに人に求められたことはなかったから、少し舞い上がりました」
1週間後には「結婚させてください」
とりあえず私は失礼と、社長は席をはずした。改めて沙也佳さんを見ると、彼女はにっこり笑った。笑顔のきれいな人だと思った。その日は世間話をして別れたが、1週間後、食事に出かけた。その晩、彼女に求められるまま実家に赴き、「結婚させてください」と彼は言った。
「なんだかね、結婚って誰としても同じようなものじゃないかと思っていたんです。それならある程度、裕福なほうがいい。こちらが貧乏育ちだと知られているから、卑屈になることもなかった。流れに身を任せてみようかという感じでしたね」
母には住み慣れた場所からほど近いところの新築マンションがすぐに与えられた。まだ50代だった母はパート仕事を続けたがった。社長は自分の知り合いの会社を紹介してくれた。母は破格の時給で雇われた。
半年後、優夫さんは結婚式を挙げた。社長への恩義を感じていた彼は、結婚を機に転職した。人生が開けていくはずだった。
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記事後編では、変わっていく沙也佳さんとの関係と、優夫さんが「奇妙な人たち」と評した彼女の実家の“秘密”を紹介している。
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