取引先社長から「7歳上のうちの娘と結婚してくれ」 母にはマンション、奨学金も肩代わり…貧乏育ちの僕を待っていた甘すぎる縁談は罠なのか

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“金がないのは首がないのも同じこと”

 中学、高校と公立に通い、塾にもいかずにがんばった結果、大学も国立に合格した。学生生活は彼にとってとても楽しいものだったそうだ。

「学校は楽しかった。きょうだいもいない僕にとっては、学校の生活がすべてだったと言ってもいいくらい。高校生のときはサッカー部に入りました。でもユニフォームを買うお金がなくて試合には出られなかった。監督が不憫がって、いつか返してくれればいいとユニフォームやスパイクを買うお金を貸してくれたんです。うれしいけどみじめだった。のちに『金がないのは首がないのも同じこと』というセリフを時代劇かなんかで聞いた事があって、身につまされました。僕は貧乏だけは嫌だ。そう深く心に刻みました」

 大学時代は奨学金を借りた。卒業後は氷河期とはいえ、中堅の金融関係に滑り込んだ。ずっとそこにいる気はなかった。ステップアップしていってやると彼は決めた。ただ、どこか気が優しいから、他人を蹴落として我先にと行くことはできない。そんな自分を克服しなければいけないとも思ったという。

「会社に入ったら、人間関係も悪くないし、そこそこの給料はもらえるし、すっかり居心地がよくなってしまって、ステップアップの件は忘れました。それが僕のいけないところなんですけどね」

怪しいヘッドハンティング…その目的は

 性格のよさが認められ、新人としては重宝された。重宝されれば仕事を覚える。記憶力と要領はよかったから、優夫さんは上役の覚えもめでたかった。だが生い立ちのせいか、根っから明るいタイプ、お調子者とは言いがたく、彼にはいつでも少し陰があった。そこが信頼性を高めたのかもしれない。

「優柔不断というか、すぐ迷いが生じて悩んでしまうんですよ。でも周りが支えてくれたのがありがたかった」

 本心からそう言ってしまうのが彼なのだろう。あまり人を疑ったこともないという。そんな彼が27歳になったとき、取引先の会社からヘッドハンティングがあった。彼の上司もやけに勧める。人を疑わない彼でさえ、なんだかおかしいと思った。

「とにかく社長が会いたいと言っているからと送り出されたんです。待ち合わせ場所に行くと、僕より少し年上らしい女性と社長がいた。社長の娘でした。つまりは見合いみたいなものだったんです」

 きみと仕事をしてみて、人間性に魅了された。うちの娘と結婚してくれないか、そしてうちの会社を継いでくれないかと優夫さんは口説かれた。娘の沙也佳さんは、優夫さんより7歳年上だった。

「年齢差は別に気にならなかったけど、なんだかそういう話をお膳立てされるのが釈然としないというか……。自然に出会えればよかったのにと思った記憶はあります。ただ、社長が『ひとり暮らししているおかあさんにマンションも用意する、きみの奨学金もすべてこちらが払う』と前のめりになっていて。沙也佳はときどき、『おとうさん、そんなふうに言われたら彼も困るでしょう』とたしなめるような口調でした。ごめんなさいと目で合図もしてきた。『きみなら、きっと立派に跡を継いでくれる。そう確信したんです』と社長は言う。その言葉にちょっとぐらっときましたね。僕を認めてくれている。それはうれしかった」

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