プロレスラーなのにデビュー曲が“80万枚”大ヒット! 「ビューティ・ペア」が女子中高生を熱狂させた背景に“人気漫画の舞台化”があった
ビューティ・ペアが大人気になった理由
とはいえ、疑問がある。全女のテレビ中継自体は昔からあったし、番組内で歌う選手にはマッハ文朱もいた。こちらも人気ではあったが、ビューティ・ペアになってから、動員は大幅に伸びたのである。それは言及して来たように、それまでの女子プロレスの会場には皆無だったと言っていい、うら若き女性ファンを大量に獲得したためだった。では、ビューティ・ペアには、何故それが可能だったのか?
それは冒頭で紹介したビューティ・ペアの名付け親でもある、フジテレビの吉田ディレクターの戦略にあった。ビューティ・ペアのデビューの数年前から、日本全国を覆っていた、あるエンターテイメントにヒントを得たのである。
〈宝塚歌劇団の「ベルサイユのばら」(中略)観客動員百万人突破〉(「毎日新聞」1976年5月13日付)
「ベルサイユのばら」、通称“ベルばら”は、元々高い人気を誇る漫画作品だった。王妃マリー・アントワネットと、本来は女性でありながらそれを隠し武官として彼女を守る男装の麗人、オスカルを中心に描いた歴史劇で、まさに宝塚にはピッタリの題材ゆえ、1974年9月より舞台化したところ、未曾有の大当たりに。各地で上演され、再演に次ぐ再演を呼び、日本中に“ベルばら”ブームを興していた。吉田ディレクターは、「これを女子プロレスでやろう」と考えたのだ。
先ず佐藤尚子を、男らしいリングネームの「ジャッキー佐藤」と変え、髪型もボーイッシュなショートに変えさせた。同期ながら2才下の上田真基子は、やや妹キャラ的な「マキ上田」とした。組ませれば、必然的にチームリーダーはジャッキーとなり、相手にやられている上田を助けるジャッキーという図式にもなる。もちろんプロレス本来の魅力である強さや華麗さ、自分が出来ないことをやってくれているという憧憬もあいまって、女子中高生の人気を中心に大成功したのである。特にエース格、ジャッキーの人気の秘密については、当時、こう分析されている
〈中性にした奇妙な魅力が受けたんだろう〉(「週刊サンケイ」1977年12月29日号)
だが、後年、マキ上田は語っている。
「ジャッキーの方が男らしく見えるでしょ? でも、実際は彼女の方が乙女だったんですよ。フフフ……」
[3/4ページ]

