「スイッセンガ、イズヲクダサイ……」 美輪明宏さんが描いた“自らの原点” 「戦争文学全集」に掲載された“被爆体験記”の壮絶
歌手・俳優の美輪明宏さんが亡くなった(享年91)。はやくから同性愛者であることを公表。2012年、77歳になってから4年連続で紅白歌合戦に出場。《ヨイトマケの唄》などをド迫力で絶唱した美輪さんの原点は、長崎での被爆体験にある。本人が綴っていた、壮絶な被爆の一部始終はどのようなものだったのか。(全2回の第2回)
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戦争文学全集に収録された、被爆体験記
そんな美輪さんは、映画出演も多かった。もっとも有名なのは、江戸川乱歩原作、三島由紀夫脚色台本による舞台劇「黒蜥蜴」の映画化(深作欣二監督、1968年、松竹)だろう(当時は「丸山明宏」名)。美輪さんは、すでに舞台版で「黒蜥蜴」を演じており、毎回チケットが入手できないほどの人気舞台となっていた。劇中、“生人形”役で特別出演した三島由紀夫と接吻するシーンも話題となった。
ちなみにこの戯曲は、すでに1962年に、京マチ子主演で映画化されている(黛敏郎音楽によるミュージカル版。井上梅次監督、大映)。だが、いかんせん美輪さんの印象があまりに強烈で、映画「黒蜥蜴」といえば、どうしても1968年の深作欣二監督版ということになってしまうようだ。
深作欣二監督では、「黒蜥蜴」の人気にあやかった「黒薔薇の館」(1969年、松竹)なる作品にも主演している。美輪さんは、秘密サロンを訪れる妖艶な謎の女を演じた。
そのほか、原節子主演の「女であること」(川端康成原作、川島雄三監督、1958年、東宝)では、冒頭のオープニング・クレジットに、中性的な衣裳とメイキャップで登場し、主題歌(谷川俊太郎作詞、黛敏郎作曲)をうたって(語って?)いる。あまりに強烈なヴィジュアルと歌詞(「女であること、それは育ちすぎた子羊、エレガントな豚!」)で、いまでも「映画の中身は忘れたが、冒頭だけはおぼえている」というひとが多い。
歌手としてのワン・シーン出演も多い。「蟻の街のマリア」(五所平之助監督、1958年、松竹)ではバタヤ集落の青年ジャンに扮し、たき火の前でギターを爪弾きながら静かにうたっている。「バカ政ホラ政トッパ政」(中島貞夫監督、1976年、東映)ではシャンソン喫茶のシーンで、トッパ政(ケーシー高峰)の後ろでうたっていた。
だが、美輪さんといえば、やはり、1945(昭和20)年8月9日、長崎で被爆したことが人生における大きな出来事だった。
美輪さんは、被爆体験を諸所で語ったり書いたりしているが、もっとも詳しく綴ったのは、1968年に刊行した自伝『紫の履歴書』(大光社刊)だった(その後、新装版など、いくつかの改訂版あり)。
2011年~2013年にかけて、集英社が創業85周年記念企画として、『コレクション 戦争✕文学』全20巻+別巻1を刊行した。日清・日露戦争から第二次世界大戦、ベトナム戦争、そして〈9・11〉に至るまで、様々な視点で描かれた中短編を収録した、画期的な戦争文学全集である。
その第1回配本、第19巻「ヒロシマ・ナガサキ」に、美輪さんの『戦』が収録されている。これが、上記『紫の履歴書』からの抜粋なのだ。
『紫の履歴書』は、長く読まれたロングセラーだが、このような戦争文学全集に収録されていることは、意外と知られていないかもしれない。この巻には、ほかに原民喜『夏の花』、大田洋子『屍の街』、林京子『祭りの場』(第73回芥川賞受賞作)、井上ひさし『少年口伝隊一九四五』、大江健三郎『アトミック・エイジの守護神』といった名作群がならんでいる。
【注】現在は、集英社文庫版ヘリテージシリーズ『セレクション 戦争と文学1/ヒロシマ・ナガサキ』に収録。
では、美輪さんの、長崎での被爆体験とは、どういうものだったのだろうか。それは想像を絶する“地獄絵図”だった。
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