同居を受け入れてくれた妻だけど…母を「こき使いすぎ」かもしれない 弟まで誘惑?「あの嫁には気をつけろ」50歳夫の違和感

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母との同居を受け入れた女性

 30歳のとき、仕事関係の知人に紹介されたのが同い年の由利さんだった。20代半ばで1度結婚しているが、うまくいかずに半年で別れたという。そういう人だけど、母親との同居も承諾している、とにかく会ってみないかと言われて、剛徳さんは会うと即答した。

「変ないい方ですが、完璧な人生を歩んできた人より自分には気が楽なんじゃないかと思って……。でも本当に母親と同居してもいいと言っているのか。母はすっかり元気にはなっていたけど、この先、どんどん老いるだけ。彼女はそんな“他人”と一緒に住めるのか。そこは不思議だった。だからとにかく会ってみようかと」

 会ってみると、「ごく普通の女性でした」と彼は言う。何度かデートを重ねて、トントン拍子に結婚が決まった。

「結婚するとき、本当にこれでいいのかなとちょっと思ったんです。もう少しお互いを知ったほうがいいのではないかと。でも彼女は子どもがほしい、楽しい家庭を作りましょとやけに前のめりだった。僕に財産があるわけでもないし、そこまで言ってくれる人にはもう巡り会えないだろうと結婚を決めたという経緯があります」

違和感を抱えたまま結婚へ…

 どこか違和感を覚えつつ、だからといって失うものがあるわけでもない。撤退するより前進することを選んだと彼は言う。母は、「最初は別居したほうがいいんじゃないかしら」と言っていたが、何度か会ううちに由利さんとすっかり仲よくなっていた。

「共働きで子どもを育て、10年たったら家を買おうというのが僕らの目標になりました。由利も仕事を続けたので、家事は全面的に母がやってくれた。僕は気づかなかったのですが、由利は、穏やかな言い方ながら、かなり母に無理を強いていたようです。毎日の僕らの弁当作りをはじめ、クリーニングに出すとお金がかかるからとアイロンがけも頼んでいた。でもアイロンがけは由利が自分でやっているように僕には言っていました。母は『初めて娘ができたみたいでうれしい』と言っていたので、僕には愚痴を言いづらかったんでしょう」

 2年後に男の子、その2年後に女の子に恵まれた。いずれも0歳から保育園に預け、由利さんは職場復帰している。その分、母に負担がかかっていたことをもっと真剣に考えるべきだったと剛徳さんは後悔しているそうだ。

「母が楽しそうに孫育てをしているように見えたし、元気だったから……というのは言い訳ですね。由利はいつも大げさなほど、母に感謝の気持ちを伝えていた。母が断れない性格だと織り込み済みだったんでしょう。母は本当に疲れていたんだと思う。下の子が3歳になったころ、母が倒れたんです。当時、60代でしたけど過去に大きな病気もしているし、具合が悪いときもあったんでしょう。でもそれを見せずにがんばってくれた」

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