「“上や下”ではなく自分が“中心”にいる感覚」 全英連覇を狙う「小田凱人」、アスリートの新時代を切り拓く“車いすテニス世界王者”の聡明さ

  • ブックマーク

常に自分が中心にいる

 表彰を受ける小田の姿があまりに凛々しく、眩しかったから、私は思わず表彰パーティーで小田に声をかけ、話を聞かせてもらった。

 国枝慎吾の偉業に並ぶ全仏オープン4連覇を達成した直後。次々に記録を打ち立てる小田が次に目指す目標は何か? 訊くと、

「史上最年少という記録はもうほとんど達成したんですよね」

 静かに笑みを浮かべ、はにかんだ表情で小田は言った。

「すると次の目標は?」

 尋ねると、小田は少し遠くを見て、うーんと声を洩らした後、言った。

「最年少の次は、史上最年長ですかね」

 思いがけない言葉に私は意表を突かれた。

「調べたら、50代で4大大会に勝利した選手が過去にいるらしいんですよ」

 最年少の次はそれか、私は目を見張り、指折り数えた。小田がその記録を更新するにはあと30年以上の年月が必要だ。それは、30年後も現役選手であり続ける意思を示す、小田凱人の覚悟そのものにも聞こえた。

 かつては憧れの的だった大先輩、いまは比較されることの多い国枝慎吾の存在をどう感じているのか、尋ねてみた。すると小田はきっぱりした眼差しで言った。

「僕は、上とか下とか、普段からそういう風には考えません。イメージにあるのは、“中心”。常に自分が中心にいる、そういう感覚です」

 その言葉に私は深い感銘を受けた。上とか下じゃない、中心にいるイメージ。

小田凱人というアスリートの闘いぶりを見ていたい

 その分野をリードする立場にある人物は、おそらくたいていそのようなイメージで生きているのではないだろうか。けれど、勝ち負けが付きまとい、ランキングで評価されがちなスポーツ界ではとくに「上か下か」に束縛されがちだ。そのせいか、小田のように「中心にいるイメージ」と言葉にできるアスリートは少ない。私の50年近い取材経験の中で、「上とか下でなく“中心”のイメージ」と言葉にしてくれたのは小田が初めてだ。その聡明さ、自己を客観的に見据える思考の確かさに胸の奥が明るくなった。私は、小田凱人というアスリートが、単に車いすテニスの世界王者というだけでなく、スポーツの新たな時代を拓くリーダーとしての可能性に思いを馳せた。

 勝って当たり前のようになっている現在の小田の強さを思えば、別に見なくてもいい、どうせ優勝するんでしょ、という気分を私自身抱いていた。しかし、この日小田に会って、その思いは一変した。

 小田凱人というアスリートの闘いぶりを見ていたい。彼のチャレンジを見届けたい。小田の眼差しの先にあるのは単なる優勝ではなく、記録でもなく、車いすテニスを通して何を表現できるのか。スポーツがスポーツの枠を超える活躍ではないか。その可能性を秘めているのが、9歳で骨肉腫を発症し、絶望を経験しながら希望に向かって自分の宿命を乗り越え続ける小田凱人の魅力ではないか。

 ウィンブルドンの車いすテニス男子シングルスは7月7日(火)に始まる。小田の連覇(3度目の優勝)がかかる決勝戦は7月12日(日)だ。

スポーツライター・小林信也

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。