「“上や下”ではなく自分が“中心”にいる感覚」 全英連覇を狙う「小田凱人」、アスリートの新時代を切り拓く“車いすテニス世界王者”の聡明さ

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 6月の全仏オープン・車いす男子シングルスで、国枝慎吾に続く4連覇を達成した小田凱人選手に注目が集まっている。私は、大会後に開かれた、(公財)ヨネックススポーツ振興財団が制定する「2025年米山稔賞」の表彰式の会場で、ご本人にお会いする機会を得た。

 参加者たちが眩しそうに見つめる視線の先で、小田は杖を助けに自らの足で歩き、表彰のステージに上がった。その様子に、多くの参加者が小さな驚きの声を上げた。おそらく、普段から車いすで生活していると思い込んでいた人たちには意外な光景だったのだろう。

 白いスーツでステージに立つ小田凱人の姿は頼もしく、凛々しかった。精悍な眼差し、ガッチリした体躯。世界王者に相応しい思慮深さが微笑みの奥に漂っていた。【小林信也(作家・スポーツライター)】

史上最年少記録

 サッカー少年だった小田凱人は小学校2年の終わりごろ、左脚に痛みを感じた。筋肉痛かと思った痛みの正体が、「左股関節の骨肉腫」だとわかったのは数か月後、小学校3年の初夏だった。

 抗がん剤治療で腫瘍を小さくした後、9月に手術を受けた。腫瘍のできた骨を取り除き、代わりに人工関節を入れる。前日の説明で、股関節周辺だけでなく、腹部にまでメスを入れると医師に知らされ、小田少年は「こわくなった」と自身監修の本『夢を持つ、夢中になる、あとはかなえるだけ 車いすテニス小田凱人』(Gakken)で告白している。

 12時間におよぶ大手術は成功。しかし「病気を治してもう一度サッカーをやる」望みはもう難しいことを、9歳の小田少年は厳しいリハビリの中で悟る。簡単な脚の曲げ伸ばしができない。強烈な痛みが走る。

(サッカーはもう無理だな。サッカーしたらおれの足がこわれる。大事な足、手術をしてもらった足が……)

 入院中に担当医師からパラスポーツを紹介された。いくつかの競技を見た中で、小田少年の心をつかんだのが車いすテニスだった。その世界では、すでに全豪オープン5連覇、全仏オープン4連覇、4大大会優勝20回を誇るスーパースター国枝慎吾が光を浴びていた。小田少年の心は決まった。退院後、懸命のリハビリで脚の機能回復に努めると同時に、関係者から情報を集め、練習できる場所を探して車いすテニスを始めた。

 その後の急成長はすでに広く知られているとおりだ。2020年、18歳以下の世界一決定戦であるジュニアマスターズに14歳で出場、シングルス、ダブルスともに優勝。2021年には史上最年少でジュニア世界ランキング1位に輝いた。

 2022年4月、16歳でプロ転向。11月には年間王者決定戦のNECマスターズ(オランダ)で優勝。史上最年少で年間世界王座となった。背中を追い続けたレジェンド国枝慎吾が引退を発表したのはちょうどその直後(2023年1月)だった。

 国枝からバトンを受け取る形となった小田は、2023年の全仏オープン男子シングルスで初優勝、直後のウィンブルドンでも優勝し、「世界王者」の地位を確立した。2024年パリ・パラリンピックでは史上最年少で金メダルを獲得。昨年(2025年)の全米オープン優勝を果たして、車いすテニス界では3人目となるキャリア・ゴールデンスラムを達成した。19歳での達成は、健常者で達成している5人も含め、史上最年少記録だ。

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