「やはり英国留学で身につけられたのかと」…90年の秋篠宮ご夫妻「結婚奉告旅行」 ホテル関係者が驚いた“紀子さまへのご対応”

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2泊3日の“新婚旅行”

 第1回【「紀子さまスマイル」を一目見ようと駅は騒然…90年の秋篠宮ご夫妻「結婚奉告旅行」秘話 美しき日没を前になさった質問とは】を読む

 1990年7月5日、秋篠宮ご夫妻はつつましやかな“新婚旅行”とも称された、2泊3日の旅にご出発された。6月29日に行われた結婚の儀に続き、伊勢神宮(三重)と神武天皇陵(奈良)に結婚を奉告(ほうこく)する儀式の1つである。「週刊新潮」のバックナンバーでその舞台裏を伝える第2回は、おふたりを迎えた町議会議長の“うっかり発言”や、奈良ホテルのおもてなし、宮号の由来となった地域をめぐる意外な出来事などを伝える。

(全2回の第2回:以下、「週刊新潮」1990年7月19日号掲載記事を再編集しました。文中の年齢、肩書き等は掲載当時のものです)

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「何が“ご苦労”なのかようわからん」

 初日の宿泊先となった志摩観光ホテルはいたって平静だったが、ホテルがある阿児町はといえば、若いカップルをお迎えするにあたり、やはりなかなかの興奮に包まれていた。

「きれいな夕陽を堪能してもらうために、ひとつ、遊覧船に乗って頂いたら、どうやろう」とか、「紀子さんに町から真珠をプレゼントしたら、どうやろう」といった声が出ていたのである。

 ただ、警備の問題やら何やで、いずれも実現はしなかったのだが、島田重成・町議会議長(62)のこんな話を聞くと、町の心持ちというようなものが、よくわかる。

「賢島駅周辺の警備は厳重だったが、それ以上に凄かったのは、町民の熱烈な歓迎ぶりやったな。翌6日の見送りにも、ワシは町長と2人で行った。ご夫妻への挨拶をすることになって、先に挨拶する町長が、“またお越し下さることを、町民一同お待ちしております”というたんや。ワシがいおうと決めていたことをいわれてしまったんで、困ってしまった。やっぱりあの方たちの前に立つと、緊張するもんで、ワシは“ご苦労さまでございます”といってしまったんや。いま思えば、何が“ご苦労”なのかようわからんし、随分おこがましい言葉やったな」

おふたりを一目でも見ようと

 ご夫妻の伊勢神宮へのご奉告を待つ、近鉄・宇治山田駅から神宮に至る市道も、さらに参道も人、人、人――。ご到着の1時間半も前から、ゴザを敷いて待った商店のおカミさんが、

「紀子さんは美人というより、ぽっちゃりしてかわいい感じ。礼宮さんは終始笑顔で、若いのに愛想のいい人やねえ」

 と感激すれば、出遅れたある旅館の奥方が、

「礼宮さんがかわいくて好きなんで、おヒゲを捜したけど、人混みがすごくて、結局、見られんかった」

 と悔しがる。1万5000人とも2万人ともいわれる人垣だ。

 参拝を終え、モーニングとローブモンタントという正装を、それぞれ、スーツとライトブルーのワンピースに着替えたお2人は、神宮内で昼食を済ませ、宇治山田駅から、三たび近鉄を使って、次の宿泊先の奈良へ向かわれた。

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