朝ドラ初の「他人同士」のダブルヒロイン 「風、薫る」が完璧な主人公をあえて描かなかった理由
ダブルヒロインの理由
米国との収入格差は、現代もまったく変わっていない。日本の場合、看護師の2025年の平均年収は524万7200円(厚労省調査)。対する米国の看護師の年収は約1200万~1800万円に達するため、日本は米国の3分の1程度という状態が続いている。これはOECD加盟国でも最低クラスだ。
医療従事者団体や看護職団体は長年にわたって収入の改善を訴え続けているが、状況は一向に変わらない。今なお看護師たちの高い職業意識と責任感が搾取されていると言わざるを得ない。
りんたちは大学病院看護科の教師も担当した。負担増も問題だったが、りんは「自分たちが2年かけて学んだ看護を、わずか1年で教える」というカリキュラムに危機感を抱く(第61回、6月22日)。
この看護科のモデルとなったのは、1887(明治20)年に開設された東京帝国大学医科大学付属看護婦講習科である。やはり1年制だった。明治時代の看護教育は、修業年限が教育機関によって1年から3年以上までとバラつきがあった。短期で養成しようとしたのは、医師側(病院側)にとって都合が良かったからである。
修業年限の違いは、知識格差や待遇格差、ひいては昇進格差を招く。これは現代の「准看護師問題」を強く連想させる。同じ医療現場で働いていても、准看護師は自分の判断で行えることが限られ、医師や看護師の指示を仰がなければならない。平均年収も約417万円と、看護師より約100万円低く抑えられている。
准看護師制度は1951年、戦後の深刻な看護師不足を解消するため、当面の措置として生まれたはずだった。日本看護協会は一貫して准看護師養成の停止を訴え、1996年には厚生省(現・厚労省)の検討会が「制度の統合に努める」と提言した。それなのに現在も存続している。医師会などが強く反対しているからだ。こうした医師本位の看護制度のあり方も、明治期と酷似している。
看病婦として働きながら看護科で学んでいた三浦ツヤ(東野絢香)の解雇はやりきれなかった。仕事と勉強の掛け持ちによる疲労から、患者への解熱剤の投与を失念してしまい、それを理由に仕事も学習機会も奪われてしまった。
昔も今も、経済的余裕がなければ教育を受けにくい。ツヤがりんたちに向かって「私、諦めませんから」と言い残したのが、せめてもの救いだった(第65回、6月27日)。
朝ドラにおけるダブルヒロインは「だんだん」(2008年度後期)に次ぎ6作目となるが、過去の作品は母娘や姉妹など、すべて家族だった。縁もゆかりもない他人同士の2人がダブル主演を務めるのは、朝ドラ史上初の試みである。
当初はりんと直美の生活拠点が異なっていたため、ストーリーが分かりにくい面もあったが、ともに看護学校編に入り、拠点が一つになった第20回(4月24日)以降はその懸念も解消された。
ダブルヒロインにした理由は、作中で看護科の生徒たちが放った陰口によってはっきりした。
「一ノ瀬先生みたいに何でも患者のお願いを聞いていたら、時間がかかって仕方がない」「大家先生はとにかく要領が大事。でも、ちょっと雑で、誰に対しても言い方がきつい」「足して2で割ればいいのに」(第65回、6月27日)
制作陣はヒロインを完璧な人間にしたくなかったのだろう。そんな人間は存在しないからだ。2人はお互いの足りない部分を補い合っている。朝ドラ初の試みは成功したと言えるのではないか。
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