朝ドラ初の「他人同士」のダブルヒロイン 「風、薫る」が完璧な主人公をあえて描かなかった理由
多死社会の中で
りんたちの看護学校の同期生の1人に、東雲ゆき(中井友望)がいた。子爵の家に生まれ、ナイチンゲールを崇拝する純粋な女性だった。ゆきは帝都医大病院での実習中、重い心臓病を患う小野田里久(宮地雅子)を担当する。里久から「ゆきさんに看てもらえて幸せ」と感謝され、看護の喜びを知った。これも現代の患者と看護師の関係と違わないはずだ(第43回、5月27日)。
しかし、ほどなくして里久の容体が急変する。ゆきは腰を抜かし、茫然自失のまま動けなくなってしまう。すべてを察した青森出身の同期生・工藤トメ(原嶋凛)がすかさずフォローに入った(第45回、同29日)。
やがて里久が事切れると、ゆきは激しく取り乱し、それから3日間寝込んでしまう。布団にくるまって泣き続け、食事ものどを通らなかった(第46回、6月1日)。
ゆきは「私は人の生き死にに関われる人間ではない」と、教師のマーガレット・バーンズ(エマ・ハワード)と同期生に告げ、看護学校を去る。誰も彼女を責められず、止めることも出来ず、皆で涙を流した。死と接する悲痛は全員が分かっていたからだ(第47回、同2日)。
ここまで丁寧に看護職の惨事ストレスを描いたドラマは、過去になかったのではないか。惨事ストレスは不眠や頭痛、食欲不振、引きこもりなどを引き起こすほか、最悪の場合は自死を招く恐れすらある。
救急領域に勤務する看護師を対象としたある調査によると、惨事ストレスの経験者は92.0%にも上る。さらに約半数の看護師が、惨事ストレスを避けられなかった要因として「小児の心肺停止」を挙げている。
ゆきは看護学校を去る直前、「思い知りました。この仕事は人を助けるだけでなく、見送る仕事であることが」と漏らす。視聴する側も、自分たちが看護師らに肉親を看取ってもらっているのだという事実をあらためて思い起こさせられた。
高齢化が猛スピードで進む日本は「多死社会」を迎えており、年間約159万人が亡くなる。平成が始まった1989年は約78万人だったから、約2倍に増加した。優れた看護師の養成は急務となっている。
それは国や大学も認識しており、看護学部・学科を持つ大学は1990年の11校から、2023年には283校へと激増した。看護職養成機関の急増ぶりは、りんたちの時代と酷似している。
養成ばかりに目を奪われ、待遇への配慮が後回しになっている点も当時と似通っている。看護の仕事は惨事ストレスのみならず、感染リスクなども伴い、精神的重圧と身体的負担が極めて大きい。夜勤もある。それにもかかわらず、待遇は十分とは言えない。この作品は収入問題に2度も踏み込んでいる。
1度目は看護学生の間で月給が話題になった際、りんは「アメリカでは月30円だって」とつぶやく。米国で看護婦資格を取得した大山捨松(多部未華子)から、そう聞いていたからだ(第42回、5月26日)。
だが、帝都医大病院に看護婦として採用され、初月給を手にした瞬間にりんたちは気落ちする。各診療科の看護婦取締に任命され、看護科の教師まで押し付けられながら、手渡された月給の中身は10円だった(第62回、6月23日)。
りんたちが生きた明治20年頃の1円は、現在の約1万2500~2万円に相当する。月給は10円だから12万5000~20万円。当時の大卒初任給や、大工職人、工場の熟練労働者の月給が約20円だったことを考えると、恵まれていたとはとても言い難い。
トメは「青森じゃ女が10円ももらえる仕事はねえ」と言って自分を納得させるが、ここは東京。しかも精神的重圧と身体的負担を伴う専門職である。まるで、やりがい搾取だった。
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