W杯で「強豪国」に肩を並べたサッカー日本代表…一方で「野球界」は“勝利至上主義”“監督による支配”“組織の乱立”といった旧弊に縛られたままでよいのか

  • ブックマーク

野球の秘める本来の魅力

 10代の野球人口は174万人、サッカー人口は237万人と笹川スポーツ財団は報告している(2023年)。全世代でもサッカー人口は369万人、野球人口は297万人。野球が「日本で一番の人気スポーツ」の座をサッカーに譲ってもう久しい。

 サッカーは組織一体となって選手の育成・強化、競技の普及振興に努め、野球は世代ごとに分立する団体がそれぞれ独自の運営をするだけで有機的な連携は活発とはいえない。同じ世代でも複数の組織が乱立している。この状況で、野球に未来はあるのだろうか?

 私は単に野球人口の減少を嘆いているのではない。W杯中継を見ていればわかる通り、サッカーという競技は、創造的であり、芸術的である。個の才能の輝きと躍動の眩しさ、個の閃きと個の感受性の連動に心打たれる場面がしばしば展開される。素直にサッカーに魅了される。それはもちろん日本代表に限らない。現在の野球に比べると、サッカーは遥かにダイナミックで自由でアーティスティックだ。

 一方、野球界は一人ひとりが「野球の秘める本来の魅力」を無限に引き出す方向に向かっているだろうか? そういう問いかけ自体、メディアや指導者間でされる機会は少ない。

 日本はいつまで「勝利至上主義」「上意下達」「監督支配の野球」を選択し続けるのか。野球規則は一球ごとに監督が指示できるルールになっている。だが発想次第で、「監督が判断を選手に任せ、選手の閃きを主にする自由」だってあり得るのだ。「負けられない宿命」から解放されるためには、高校野球をトーナメント制からリーグ戦に変えるのもひとつの策だろう。

 私は端的に統一的な「日本野球協会」の設立と、野球のJリーグ創設(プロ野球の大幅改革)を提言する。

 協会の運営メンバーは公募が前提だ。偏った権力構造やメディアの支配は排除する。運営の中心メンバーは立候補、希望する野球ファンの「国民投票」で選任する。ビジネスマンに偏ることなく、哲学者、研究者、教育者、母親など多彩な立場から代表を選ぶ。立候補者はそれぞれの構想を発表し、議論を重ねた上で投票日を迎える。スピードは重要だが、3年くらいかかっても仕方がないだろう。

野球界、どうする?

 サッカー界はJリーグをホームタウン制とし、企業名の排除を基本とした。Jリーグ発足と同時にtotoも導入し、スポーツ界への還元システムも作った。サッカー界には世界のサッカーというお手本があったからだ。Jリーグの構想はほとんどヨーロッパのプロリーグを模したものだ。ジュニアを含めた下部組織、他のスポーツも巻き込んだ統合型の地域スポーツクラブの設立も各チームに義務付けた。

 実はNPBにも、MLBというお手本がある。ところが、ルーキーリーグから3Aまであって全米各地に本拠を置くマイナーリーグ制度や、コミッショナーを中心とする全球団一体のビジネスモデルなど、MLBが進め大成功を収めた改革を日本野球は学ぼうとしなかった。

 日本代表の活躍を誇らしげに語るサッカー関係者のインタビューの中で幾度となく、「我々は全国にトレセンを作り、ジュニアから選手を育てる体制を作ってきた」、と胸を張る姿に接した。サッカー界は、ナショナルトレセンを頂点に、「個を高めることを目標に」全国津々浦々にトレセンを組織し、連携する態勢を整えている。野球界にそれはない。

 野球界にも一部で変革の動きがあるのは知っている。高校野球ではリーグ戦の輪が広がっている。全日本軟式野球連盟は公認指導者資格制度を導入した。だが、いずれも断片的にすぎない。テニス、ゴルフなどの個人競技にも押され、野球が衰退する未来はこのままでは変えられないだろう。どうする? 野球界。それでもまだ、自分たちの権益を守りたがるのか。まずは、サッカー日本代表の今大会での活躍を刮目しよう。

スポーツライター・小林信也

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。