W杯で「強豪国」に肩を並べたサッカー日本代表…一方で「野球界」は“勝利至上主義”“監督による支配”“組織の乱立”といった旧弊に縛られたままでよいのか

  • ブックマーク

長老が幅をきかせる野球界

 川淵さんのこうした言葉を聞きながら、私は溜息をつくしかなかった。もっと正直に言えば、“野球側”の私は打ちひしがれた……。

 大半の読者は、いま紹介した川淵さんの言葉をとくに違和感もなく受け止めただろう。だが、野球界の常識に慣れている私には、御年89歳、サッカー界では誰もがリスペクトする川淵さんの謙虚な言葉に驚きと深い感銘を受けてしまう。

 これが野球界ならどうだ? 長く野球界に君臨したナベツネこと元読売新聞主筆の故渡邉恒雄氏は、90歳を過ぎてなお巨人を通して球界全体に影響力を持ち、野球経験もないのに選手・指導者を上から目線で評価し続けた。彼に限らず、野球界では長老たちが幅をきかせる。

 Jリーグ開幕の1年後、1994年秋に野茂英雄が近鉄を退団し、ドジャースとの契約を選んだ時、日本球界の関係者は大半が「裏切り者」と野茂に白い眼を向けた。

 今は誰もが礼賛する大谷翔平選手でさえ、花巻東高校から直接メジャーリーグに挑戦したいと希望した時、どれほどの野球ファンがその選択を支持していただろう。本人の希望を無視してドラフト会議で強行指名し、大谷選手の翻意に成功した日本ハムファイターズとスカウト陣はヒーロー扱いされたように思う。結果的に日本のプロ野球で過ごした時期が大谷の礎になった可能性は高いから、一概に否定はしないが、国内重視の発想が根強くあったことを思い起こしてほしい。

 社会人野球(新日本石油ENEOS)から直接MLBに挑戦し、実働9年で21勝を挙げた田澤純一がMLBのキャリアを終え、日本球界へ復帰を望んだ時のNPB球団の態度は冷淡だった。年齢や当時の状態のせいもあろうが、「田澤を許せば、第二第三の田澤が現れる。それを防ぐため、決してドラフト指名しない」といった目に見えない結束が漂っていた。それが日本の野球界、野球人の体質なのだ。

みんなで将来の日本代表を育てている

 印象的な取材体験がある。20年以上前、サッカー評論でも知られた作家・泉優二さんが大田区内で主宰していた少年サッカーチームの練習を訪ねた時のこと。チームのエースストライカーの父親が泉さんにうれしそうに報告に来た。Jリーグの横浜マリノスジュニアのセレクションに合格したという。泉さんは破顔一笑、大喜びで親子を送り出した。たったそれだけのことも、野球側の人間には不思議でたまらなかった。野球人は、大事な選手を他チームに取られることを嫌う。

 現に高校野球はいまも事実上、転校を禁止している。転校すれば一年間の出場停止処分を受ける。つまり、高2の7月を過ぎて転校したら来夏の地方大会には出られないから、転校は躊躇せざるをえない。

 私は、泉さんと父親のやりとりを、不思議な思いで見た。同じ日本で、同じ時代にいるのに、サッカー界と野球界、完全に分離した別の価値観、別の空気が流れている。なぜ移籍を歓迎するのか、思わず訊くと、泉さんは当然のようにこう答えた。

「我々サッカー人は、みんなで将来の日本代表を育てていると思っているんだ。だから、その子に合った最適な環境に送り出すのは当然です。よかった、よかった」

 目を細める泉さんの顔を私はただ無言で見つめるしかなかった。

「野球人、野球指導者みんなで、将来のサムライジャパンの選手を育てているんだ」

 そんな科白は、半世紀近い野球取材の現場で一度も聞いたことはない。大半の指導者が、自分のチームの勝利と栄光を最大の価値のように据えている。

次ページ:野球の秘める本来の魅力

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。