俳優・内藤剛志を震撼させた恩人の言葉「役者はどこで料理をつくるねん」…現場で台本を開かない“大物俳優”に学んだプロの凄み
夕刊紙・日刊ゲンダイで数多くのインタビュー記事を執筆・担当し、現在も同紙で記事を手がけているコラムニストの峯田淳さんが第一線で活躍する有名人たちの“心の支え”になっている言葉、運命を変えた人との出会いを振り返る「人生を変えた『あの人』のひと言」。第74回は俳優の内藤剛志さん。テレビドラマでは刑事役が多く、長寿シリーズの常連でもありますが、俳優としての心がけはどこにあるのでしょうか?
【写真を見る】内藤剛志が薫陶を受けた大物俳優のステージ「必殺仕事人」
長寿シリーズの秘訣
「必ず、ホシをあげる!」
力強い言葉が耳に残っている視聴者は、さぞかし多いことだと思う。内藤剛志(71)が大岩一課長を演じる「警視庁・捜査一課長」(テレビ朝日系)シリーズは2012年にスタート、連ドラとして22年までにseason6が放送され、24年までにスペシャル10作品が放送されたヒットシリーズである。
同じテレ朝には、水谷豊(73)主演の「相棒」という更なる長寿シリーズがあるが、水谷同様、60代になってもヒット作の主役を張ることができる俳優は田村正和、藤田まこと(ともに故人)ら以外、なかなか思い当たらない。
特に内藤の場合、若くして座長のポジションにあった俳優ではなく、50歳過ぎ……サラリーマンなら中年、たとえは悪いが、窓際に近づいてからトップに上り詰めた点が異色といえる。
多くの役者は下積みが長い。内藤も同じだ。父親はNHKのスイッチャー(映像や音声などの切り替えを担当するスタッフ)だった。大学にも行ったから(日大芸術学部中退)、極貧から這い上がってきたというわけではない。しかし、学生時代から自主映画を作り、仲間と始めた劇団は解散し、住まいも都内を逃れ、横浜・東神奈川の安アパートに引っ越した。トイレはくみ取り式だった。
その時のエピソードが興味深い。著書『中年無休』(世界文化社)にこんなくだりがある。
〈一度、くみ取りのおじさんに、
「兄ちゃん、いいもん食ってないね」
と、言われて、絶句してしまったが、確かにあの頃は貧乏だった。ろくなものをたべていなかった……朝日新聞のバイク便のバイトをし、とにかく金を貯め、貯まったら、自主映画を撮るという生活を淡々と続けていた時代だった〉
その後、文学座研究所を経て、80年に映画「ヒポクラテスたち」(大森一樹監督)でデビューし、ドラマ「家なき子」(日本テレビ系)などの話題作にも出演して、着々とトップへの階段を上り詰めた。その間に2人の大物俳優に出会い、薫陶を受けている。一人は藤田まこと、もう一人は北大路欣也(83)。
役者はどこで料理を作る?
内藤には3回、インタビューにご登場いただいた。
宮本輝原作のドラマ「道頓堀川」(NHK)で、藤田と親子役で共演したのは82年だった。内藤にとって、大物俳優との共演は初めてのことで、プロの凄みを目の当たりにすることになる。
喫茶店の店主でビリヤードの名手である藤田と対決するシーン。その最初のリハーサル。台の前に立って藤田と並んで球を打った。その直後、「もう、負けてるで」と言葉が飛んだ。
準備不足だった内藤はその時、こう解釈した。「たとえ1回目のリハーサルだろうと完璧に準備して臨むのが当然だろう、というのです」。内藤は藤田が台本を開いているところを一度も見たことがなかった。要するに、セリフを全て頭に叩き込み、現場で完璧に演じる。そして、こう言われた。
〈役者はどこで料理をつくるねん。楽屋であり、(撮影)現場やろ〉
しかも、「必殺」シリーズの舞台などでは設定からその場で変えることもあった。入念に準備するが、時に大胆に面白くなる工夫をする。演技について具体的にアドバイスしてくれたのは一度だけ。舞台で共演した時に「そこはな、客席に向かってセリフを言った方がええで」と言われたそうだ。
藤田について、別のインタビューではこう語った。
〈駆け出しの僕は「演技は魂だ」と勢いばかり。ところが、藤田さんはセリフ回しが明確で動きに無駄がない。視聴者にどう見せるべきか、細部まで計算して演技されてたんです〉
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