25年ぶりに「忘れられない人」を探し出したら…52歳夫を待っていた“変わり果てた彼女”と隠され続けていた秘密

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「もう先が長くないの」

 あなたやおにいさんのせいで、こんなふうになったわけじゃないの。気にしないでと彼女は言った。連絡役をしてくれた後輩は、個人的にあなたとおにいさんのことを怒っているから、表現も誇張されていたんだと思うけど、私自身は怒ってないのよと彼女は微笑んだ。

「ただ、やはりどこか生きる目的を失ったのは確かなんでしょう。あのあとはときどき行っていた飲み屋のママに救われて、自分も水商売の道に入った。そこの客だった人と駆け落ちまがいのことをしたのは確かだけど、すぐに帰ってきたんだと。それ以来はまじめに働いてきたんだけどねと、彼女は、おそらく大事なことを端折りながら言いました。もう、先が長くないのよ、もういいよねと彼女はにこやかでした」

 彼女は何か隠していると泰典さんは直感で思った。だが、今の状態ではなにも話さないだろうこともわかっていた。その後、彼はちょくちょく見舞いに行った。主治医とも話した。彼女が言うように、このままだと命には期限があるが、それ以前に彼女自身が積極的な治療を望んでいないこともわかった。

「週に1度は見舞いに行きました。何度目かに彼女が『あなたの貴重な時間やお金を私のために使わないで』って。『今さらどうにかなるものでもないでしょう』とも言われた。でも僕は彼女に会いたいだけ、会って話したいだけ。ダメかなと言ったら、『もういいから』の一点張りでした。『あなたの顔を見ると、私のほうがつらくなるの。もう勘弁して』と言われ、彼女を苦しめるのは本意ではないとあきらめました」

 代わりに手紙を出した。返事は来なかったが、主治医に尋ねるとよく手紙を読んでいるという。彼はせっせと手紙を書いた。あのころのこと、兄になりかわって謝罪もした。一夜だけの関係についても、「瞬間的な関わりだったかもしれないけど、あの日のことが生きるエネルギー源になったような気がする」と書いた。それが正直な気持ちだったかどうかはわからないが、彼女に生きる力を貸したかった。

残された手紙

 彼はときどき病院に行き、彼女に会わずに様子だけ見届けた。どうしてそこまでするのか自分でもわからなかったが、それが「何かのけじめ」のように感じられてならなかったという。

「再会してから4ヶ月、彼女が亡くなったと病院から連絡がありました。彼女には家族がいなかったから、僕が身元引受人になっていたんです。彼女は生活保護をもらっていたから、財産があるわけでもない。僕には現実的なメリットはなにもないと病院や行政にはわかってもらっていました」

 彼女の遺品を受け取り、荼毘に付した。美都里さんは泰典さんに手紙を残していた。薄々、心のどこかで感じていたことだが、美都里さんはやはり子どもを生んでいた。女の子だという。兄の子なのか自分の子なのかはわからなかった。子どもはそのまま里子に出した。どこにいるかもわからないが、おそらくこの国のどこかにいるはず。

「決して会えないけど、娘がいるということだけは確か。それを頼りに生きていきたかったけど、あの子のことを思うたびに自分が情けなくて、後悔ばかりでどうにもならなかったと美都里は手紙に書いていました」

 兄の子か自分の子かはわからないが、兄の子だとしても縁がないわけではない。せめて言ってくれればよかったのにと泰典さんも身を削られるような痛みを覚えた。

「いろいろあって、彼女の件がすっかり片づくまで半年近くかかりました。虎の子の貯金をはたいて、マンション形式ですが彼女のお墓を買ったんです。肩の荷が下りた気がしました。その日、妻が『今年、結婚25年目だよ』と言ったのを覚えています。ふたりで食事に行ったら、『このところ疲れているみたいだけど大丈夫?』と。妻はすべて知っているのかもしれない。でも大丈夫だと答えたら、それ以上は突っ込んできませんでした」

 いつかは妻にも話さなければいけないのかもしれない。結婚生活を送りながら、実は美都里さんのことをずっと思っていたことは隠すとしても。

「ここから僕は、後半生を生きていこうと思います。誰かの分も生きるということではなく、僕だけの充実した人生を送りたい。生まれて初めてそう思いました」

 泰典さんはニコッと笑った。人たらしの笑顔が、急に清濁併せのむ大人のそれに見えた。

 ***

 美都里さんの死を経て、泰典さんは「人生」を考え始めた。記事前編では、彼が美都里さんと出会い、兄の通夜の夜に一度だけ一緒に過ごすまでの経緯を紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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