長年の恋人を「おまえに譲る」と言って、兄は一週間後に亡くなった。通夜に現れた彼女が僕に告げたこと

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薄かった家族の縁

 誰がどうやってお金を出したのかわからないが、彼は中学から私立の名門校に通っていた。それ以降、受験はしないまま大学を卒業することになる。彼が預けられた遠い親戚は、それなりに資産があったようだ。

「あんまり褒められた商売はしていなかったらしいけど、戦後すぐからいろいろ儲けていたらしいんです。高校時代から僕はひとりで暮らせと言われてそうしていたので、実はその親戚のこともよくわからない。大学を卒業するころには、その親戚も行方不明になっていました」

 家族との縁が薄かったわけだが、それを嘆いたこともないと彼は言う。家族に期待しないだけよかったのではないかとすら考えているそうだ。

「親にかわいがられて、その一方で期待されて育った兄は、結局、30歳で亡くなりました。自死みたいなものだと僕は思ってる。小学校から私立に入って、親にはもっともっと上へ行けと尻を叩かれてがんばった。たぶん、そんなに才能はないのに無理に走らされた馬みたいなもので、国立大学を出て有名大企業に入社して、それでもさらに走り続けてプツッと切れちゃったんでしょうね。生きる気力をなくしたんだと思う」

 5歳違いの泰典さんは、生き生きと動き回っていた当時の兄を覚えている。泰典さんが就職したばかりのころ、たまには一緒に飲もうと誘われた。指定された店は、いかにも高そうなしゃれた小料理屋だった。若くしてこんな店を知っていて、おそらく仕事で利用もしているのだろう、兄は出世するタイプなんだろうなとぼんやり思った記憶がある。

「兄はエネルギッシュに仕事の話をしていましたね。『大企業で自分の居場所を作ったら、仕事は楽しいぞ』と楽しそうでした。中小企業にいる僕の気持ちなど考えもしなかったんでしょう」

おまえがアプローチしてつきあえ

 ただ、兄は自慢するために弟を呼び出したわけではなかった。兄は自分がつきあっている女性を弟に“譲る”と言いたかったのだ。

「その彼女は僕より2歳年上で、同じ中学だったんです。中学に入ったとき、僕は彼女に一目惚れして、同じバレーボール部に入ったくらい。先輩はすぐ卒業していきましたが、地元の公立高校に通っていたし、僕の実家と彼女の家も近かった。兄は僕が憧れているのを知って、高校時代に彼女にアプローチし、ふたりはつきあうようになったんです」

 その後、兄と彼女はくっついたり離れたりを繰り返しながらも別れずにいた。言葉の端々から、兄にとって彼女は「都合のいい女」だということもわかった。このままずるずるつきあっていてもしかたがない、おまえがアプローチしてつきあえと兄は言った。

「なんだそれと思いました。彼女が邪魔になったんだろ、彼女の気持ちはどうなんだよと兄を責めました。兄は思い出してもゾッとするような暗い目をして、『バカだよ、あいつは』って」

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