笑いと涙が止まらない「プロレスラーの結婚」秘話…藤波辰爾に「いまここでプロポーズしろ!」と迫った“鬼軍曹”の好判断

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鬼軍曹のプロポーズ命令

 試合そのものが交際のきっかけになったのが、藤波辰爾。1978年10月20日、大阪でのチャボ・ゲレロとの3本勝負の2本目で、頭から場外の相手へと飛んで行くドラゴン・ロケットをチャボにかわされ、場外の椅子に額を直撃し、大流血。悪いことにこの日の試合は生中継されており、しかも、この試合がメインイベントだった。試合をストップすると、中継時間が余ってしまうため、裏では「なんとか試合を続けさせろ!」とテレビ関係者の怒号が飛んでいたという。結局、藤波は3本目を瀕死になりながら3分以上戦い抜き、勝利(ただ、それでも中継時間は10分ほど余り、猪木の解説等で埋めていた)。この時、リングサイド席で試合を観ていたのが、後の妻になる伽織さんだった。負傷した藤波を心配し、後日に行われた会場に果物を届けたところ、交際が始まったというから、まさに“大怪我の功名”だった。

 その交際中のこと。藤波が約2カ月のアメリカ遠征で、日本を離れることとなった。渡米直前、藤波は“鬼軍曹”山本小鉄の自宅で、伽織さんの存在を明かす。すると、小鉄は激怒したという。

「お互いに好き合ってるんだから、とっととプロポーズしてあげなきゃダメだ! 今、ここでプロポーズしろ!」

 藤波は小鉄宅の電話から伽織さんにプロポーズ。伽織さんは泣いて喜んだという。おっとりした藤波の性格を見越した小鉄の好判断だった。新生活を始めた藤波宅(※結婚の公表は2年後)に最初に招待されたプロレス関係者は、もちろん小鉄。伽織さんのたっての希望だったという。因みに藤波の結婚後の渾名は「ざぶとん」で、理由は「尻に敷かれているから」。どうもvs伴侶となると、男子レスラー側のか弱さが目立つようだ。

 そんな中で、男前なのが天龍源一郎。実家の飲食業を手伝っていた後のまき代夫人とは、関係者の紹介で知り合い、早くから「あの子、お前が好きらしいぞ」とはやし立てられてきた。ところが本人にその素振りがまるでないので聞いてみると「私は、“あの人(天龍)がお前を気に入ってる”と言われていた」。周囲が面白がっていただけだったのだ。しかし、ここからが天龍の真骨頂である。何とその場でプロポーズ。小馬鹿にして来た周囲を見返してやるつもりだった。驚いたまき代さんが「まだ恋愛もしてないじゃない」と言った時の天龍の返答も最高だ。

「結婚してから、恋愛すればいいじゃないか」

 以降、特に天龍が自団体WARを立ち上げてからは、その片腕として夫を盛り立てて来たまき代さんだったが、2022年、がんにより逝去。出棺の前、何度も打ち覆い(面布)をめくり、頬にキスをする天龍の姿が見られた。

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