がんの手術を最初に打ち明けたのは妻ではなく24年続く恋人 「もし命果てたら…」63歳夫が先輩に託した“最後の頼み”

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還暦の京都旅行

 その後、還暦を迎えたとき、病気が再発した。恐れていたのだが、医師は楽観的で「怯えないで立ち向かっていきましょう」と言った。その言い方がかえって怖かったと潤之介さんは言う。

 再発を紗和さんに隠したまま、「自分で自分の還暦を祝いたいんだけど、つきあってくれないかな」と旅行に誘った。

「うちの会社は65歳が定年なんです。ただ、その時点で僕は65歳までいられないかもしれないと感じていた。紗和と旅行するなら、それが最後のチャンスだとも思った。だから誘ったんです。紗和はいいよ、行こうと妙に軽く乗ってくれました。3泊で京都へ行きました。楽しかった。もう誰に見られてもいいと思っていたし、紗和もそういうことに触れなかった。最後の晩に、帰ったら別れようと言いました。すると彼女は『あなたがどんな病気であろうが、私は別れないから』と手を握ってくれました。どうやら再発した僕がびびって彼女を旅行に誘ったことがバレていたようです」

 生きるのよと紗和さんに言われ、潤之介さんは手術に踏み切った。その後の治療もつらかったが、紗和さんは病院にも来てくれた。静流さんが、知人の料理教室を手伝うようになったので、絶対に病院に来ない時間帯ができたのだ。

「家族のために生きてきた妻も、子どもたちが自立したので、いろいろ考えたみたいですね。自分のできることを家族だけではなく、もっと広く伝えたいという思いがでてきたのかもしれない。静流も静流らしく生きていけばいいと僕は思っていたから、やりたいことが自然とできるようになってよかったと感じています」

 闘病しながらも、彼は仕事も続けている。会社に迷惑をかけるだけだから早期退職することも考えたのだが、会社側から引き止められた。

「例の先輩が1年ほど前、定年になったんですが、『いられるだけいたほうがいい。健康保険の問題もあるし』って。先輩とは最近、ときどき会っています」

先輩に託した頼み

 そんな中で、潤之介さんはひとつの決意をした。先輩に紗和さんのことを話したのだ。そして「いつか僕が命果てたら、彼女に知らせてやってほしい」と頼んだ。

「先輩は、『オレだっていつどうなるかわからないけど、わかった』と言ってくれました。やはりあのころから先輩は疑っていたようです。『長く続いているんだなあ。そんなことってあるんだね』としみじみ言っていました。僕自身もそう思っています」

 つい最近、また再発が疑われる検査結果が出た。だが、彼は恐れることはなくなった。何かあれば自分から紗和さんに伝えよう、いざとなったら先輩に自分の死を伝えてもらえる目処がついたからかもしれない。

「もしこれが再々発なら、僕に残された時間はそう長くはないかもしれない。そんなギリギリの命を生きているせいか、静流には主に感謝の念が、紗和には濃い情熱がますますたかまっている。そんな気がします」

 とか言いながら、やたらと長生きしたりしてと彼は笑いながら言った。いつ命が果てるかは誰にもわからない。だが少なくとも、彼は60代になっても生の実感を味わいながら生活している。それは決して不幸なことではないのかもしれない。

 ***

 結婚30年の妻への感謝と、24年続く恋人への情熱の間で、潤之介さんは今も生の実感を抱えている。記事前編では、静流さんとの結婚生活と、紗和さんとの出会いを紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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