「僕のW杯は終わってしまった……」トルシエジャパンの主将「森岡隆三氏」が明かす“代表メンバー発表”直前に味わった絶望
北中米W杯を戦うサッカー日本代表26名が選ばれた5月15日、かつてトルシエジャパンの主将を務めた森岡隆三氏は、新宿区内のオフィスで日本代表の発表会見を見つめていた。
「負傷した三笘君の落選は少し状況が違うけれど、僕がかつて味わった悪い意味での心のざわつきを思い出すようで、何とも言えない悲しい気持ちになりますね」
今から遡ること24年前――。日韓W杯が行われた2002年に、森岡氏のサッカー人生を語る上で、欠かすことのできない瞬間が訪れた。森岡氏本人に、当時を振り返ってもらった。【取材・文=白鳥純一】(全3回のうちの第1回)
【写真】“日本代表でプレーする未来を、遥か彼方の遠い世界だと思わないでほしい”と語る森岡隆三氏の、「クリアソン新宿」のアカデミーでの指導風景
元日の天皇杯で、清水エスパルスの一員として優勝を手にすると、その喜びも束の間、イングランドに渡りプレミアリーグ・トッテナムの練習に参加。W杯後のキャリアアップも見据え、その歩みは順風満帆であるかのように思えた。だが、1月末~2月頭月のJリーグ開幕を控えたキャンプで、肉離れによる戦線離脱を余儀なくされると、復帰に向けて懸命なリハビリを続けている最中に、まさかの再発。
「僕のW杯は終わってしまった……。これまで積み重ねてきたものは何だったんだろう?」と、森岡氏は虚無感と絶望に苛まれた。
連日メディアに追われて、心身の疲労は限界に
「まだW杯までの時間は残されていて、周囲からは『間に合うから大丈夫』と背中を押してもらいましたけど、これまでもいろんな怪我をしてはいましたが、肉離れは初めてで、当然再発も経験したことはなく、どうすればしっかりと治るのか、焦りを感じずにはいられませんでした」
しかし、内に潜める不安な思いとは対照的に、チームの中心を担う森岡氏に寄せられる期待は日に日に増していった。
心身の疲労が限界に達した森岡氏は、チーム、クラブに許可を取り、同じ時期に負傷しリハビリをしていた斉藤俊秀氏(現、日本代表・ナショナルコーチングスタッフ)と共に石垣島に出向いて、リハビリに励むことに。
「今思えば、よくチームが許してくれたと思いますよ」と回顧するが、落ち着いてサッカーと向き合う環境を手にした森岡氏のコンディションは徐々に上向き、代表メンバー発表5日前のナビスコカップ(現、ルヴァンカップ)で、何とか実戦復帰を果たした。
「約半年ぶりのプレーだったこともあり、相当試合感覚が鈍っていて。怪我が治ればすぐに普通にプレーできると思っていたので、試合に出場したことは嬉しかったですが、同時に不安で仕方なかったことを覚えています」
そして、森岡氏が懸命なリハビリに努める中、代表メンバーが発表される運命の5月17日が訪れた。
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