「僕のW杯は終わってしまった……」トルシエジャパンの主将「森岡隆三氏」が明かす“代表メンバー発表”直前に味わった絶望

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他の選手の分までやらないといけない

「僕の気持ちに余裕がなかったせいで、記憶が曖昧なところもありますが、静岡の自宅でテレビ中継を見ていて。僕の名前が呼ばれると、妻が『良かったね』と声をかけてくれて、肩の荷が下りたような感覚を味わいました」

 安心したのも束の間、程なくスーツに着替え、会見が行われる清水市内(当時)
のホテルに出向くと、そこには夥しい数のカメラが森岡氏を待ち構えていた。

「前年に自国開催のコンフェデレーションズカップも経験していて、注目度の高さはそれなりに感じていましたけど、目前にW杯を控えた中での会見は、報道陣の眼差しが真剣そのもので。極限に張り詰めた緊迫感に『今年の代表の試合に出ていないのにも関わらず選んでもらったからには、他の選ばれなかった選手のぶんまでやらないと……』と一層身の引き締まる思いでした」

 本番が刻々と迫る中、森岡氏はキリンカップのスウェーデン戦(2002年5月25日・国立)で、約7か月ぶりに戦線に復帰。先発メンバーに名を連ね、74分までプレーした森岡氏の「ピッチに戻ってこられた」という安堵感は相当なものだった。帰りのバスの、窓越しに見たワールドカップ仕様の青く光る東京タワーに、本戦への思いはさらに昂った。

恐れはなかった ベルギー戦

 史上初の自国開催のW杯が幕を開け、日本代表は初戦で「赤い悪魔」の異名を取るベルギー代表(2002年6月4日・埼玉)と顔を合わせ、森岡氏は3バックの一角として先発復帰を果たす。

「ホームのサポーターの後押しがあったからか、不思議と恐れはありませんでしたが、ベルギー代表は3人のDFがラインをコントロールしながら動く僕らの戦い方を本当に研究しているなと感じました。ラインを上げようとしたところを2列目からランニングされて、上手くサイドを突かれてクロスボールを上げられてしまったり、そのこぼれ球を拾われシュートを打たれたりと。が、ただ最後のところで皆でしっかり抵抗できた、のでなんとか凌ぐことができました。」

 前半をスコアレスドローで終えた日本代表だが、セットプレーの流れから、ヴィルモッツ選手のオーバーヘッドで先制点を奪われ、リードを許す展開に。

「ラインの綻びは多少あったものの、ものすごいシュートを決められてしまった」と唇を噛んだが、すぐに鈴木隆行選手、稲本潤一選手のゴールが決まり、今度は日本代表がリードを奪った。

 そんな中で「試合中に相手と衝突したのが原因なのか、徐々に左足が痺れてきて、嫌な痛みを伴い、途中で感覚がなくなってしまった」森岡氏は、71分に負傷交代。チームはその後、ベルギーに同点ゴールを許し、2対2の引き分けで初戦を終えた。

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