「それはもう上機嫌で“ありがとう”と…」天皇皇后両陛下ご成婚33年、天皇家の“私的な披露宴”こと「御内宴」の一部始終
皇室の私的行事「御内宴」
天皇陛下と皇后雅子さま(当時の皇太子ご夫妻)のご成婚を受け、平成5(1993)年6月の日本はお祝いムード一色だった。なかでも「結婚の儀」などが行われた9日は、臨時の祝日とあってテレビ中継に見入った人も多かったことだろう。
同年4月から6月まで、ご成婚に関して行われた儀式は10以上。そのうち「結婚の儀」を含む3件は国事行為、残りは皇室の私的行為だった。一般での結婚披露宴に相当する「御祝宴(御内宴)」は後者である。「結婚の儀」を終えて「饗宴の儀」を控えた6月11日、夜の宮殿には御内宴の招待に応じた79名の皇族、元皇族、元王族、親族の姿があった。
当時の「週刊新潮」が伝えたその詳細は、わが子の結婚を心から喜ぶ両親、交流を深める親戚一同といった世間一般のなごやかな披露宴とさほど変わらない。ある皇室ジャーナリストによれば、その背景には上皇后ご夫妻のご結婚時、昭和の御内宴が“冷ややかな”もので終わるという苦い記憶があったようだ。
当時とは異なり、小和田家に対する配慮が随所に見受けられたという平成の御内宴。出席者の顔触れや式次第、供された料理、和やかな雰囲気といった一部始終を、出席者の貴重な証言と共に振り返る。
(全2回の第1回:以下、「週刊新潮」1993年6月24日号掲載記事を再編集しました。文中の年齢、肩書き等は掲載当時のものです)
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【写真】廊下の向こうでそっと「ご夫婦の会話」…結婚の儀の合間に見えた“やさしい空気感”
皇族や宮内庁職員には「重要行事」
「正直に言って、私どもは非常に緊張してしまって、その夜、何があったのか、よく覚えていないくらいなんですよ。ただ、宮家や元皇族の方々が、こちらの緊張を解きほぐそうと気を使ってくれたのが印象的で、大変気持ちのいい宴だったのは確かです」
と語るのは、小和田家の親族の1人である。
おいおい詳述するが、この「御内宴」は、「結婚の儀」や「饗宴の儀」が国事行為として行われるのに対し、天皇家の私的な披露宴として、饗宴の儀に先だって開かれるものだ。新聞では、宮内庁広報の発表通りに「御祝宴」の名で、それが開かれたことをごく小さく報じたに止まったが、実は皇族や宮内庁職員は「御内宴」ないしは「内内の宴」と呼び、より重要な行事と見る人もいる。
なにしろ、そこに集まるのは皇族や元皇族が中心で、もし彼らが小和田家側を温かく迎えてくれなければ、雅子妃の将来の幸せもおぼつかない。その昔、昭和34(1959)年に正田美智子さんを迎えたときの御内宴が、正田家に対し冷ややかだったのは有名だ。小和田家側の出席者が緊張を強いられたのも、無理からぬところなのである。
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