「それはもう上機嫌で“ありがとう”と…」天皇皇后両陛下ご成婚33年、天皇家の“私的な披露宴”こと「御内宴」の一部始終

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席次や話題の選択にも配慮が

 小和田家の親族の話を続けると、

「私どもを緊張させまいとするご配慮は、色々な場面で感じました。まず最初に、天皇陛下(編集部注:現在の上皇陛下)に拝謁したとき、ただご挨拶を申し上げるだけかと思っていたら、テレビで見る園遊会の時のように、陛下がにこにこと話しかけられ、私どもの仕事のことなどを話題にされたのです。

 そして、会食のための円卓に着席したときも、私どもの隣に宮さまや元皇族が着かれるように席次が決められていて、それも同じご配慮だと感じました。そして、さらに嬉しかったのは、皇族の方達が私どもの職業をよくご存じで、食後の歓談の折にも、こちらが答えられる話題を選んで話しかけてくれたのです」

 この小和田家側の出席者は、その日に経験した細かい点については「緊張のあまり覚えていない」というわけだが、他の出席者から歓迎されたことだけは十二分に味わうことができたのだ。

 その夜の、そんな雰囲気から判断して、「雅子妃はどうやら、うるさ型の皇族や元皇族からも認知されたらしい」と、たいていの皇室ウォッチャーはいうのである。

「両陛下と両殿下は、それはもうご機嫌で」

 出席者した皇族・元皇族の顔ぶれをご紹介する前に、御内宴がどのように催されたかに触れておこう。

 新聞では、6月11日の午後7時から、宮殿内の「連翠の間」で催されたとあっさり報じていたが、実は、それに先立つ午後6時頃には、すでに「皇族」「元皇族」「元王族」「御親族」と呼ばれる62名の出席者は「石橋(しゃっきょう)の間」に、小和田家側の出席者17名は「千鳥・千草の間」にそれぞれ集合していたのだ。

 一方、天皇皇后両陛下と皇太子・雅子妃の両殿下も、石橋の間とは中庭をはさんで反対側にある正殿「竹の間」に待機されていた。そして、まず、石橋の間に集まった人達のうちから「身分の高い順番に」回廊を伝って竹の間へ出向き、お祝いの言葉を述べる儀式から始まったのだという。

「午後6時から代わりばんこにお祝いの言葉を申し上げに行きました。私どもから“おめでとうございます”と申し上げると、両陛下と両殿下は、それはもうご機嫌で“ありがとう”と笑顔で答えられました。両陛下も両殿下も、その間ずっと(1時間近く)立ち通しでお祝いの言葉を受けられたのですから、さぞかしお疲れのはずと思いましたが……」(ある出席者)

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