ノコギリ、包丁、電動肉挽き機…“仕事は順調だった不動産鑑定士”が犯罪史に残る“猟奇殺人”に手を染めた理由 昭和58年「練馬一家5人殺害事件」の裏事情

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 昭和58年6月、東京・練馬区で起きた一家5人惨殺事件。惨劇の起きた被害者宅は、数多くの殺しの現場を踏んできた警視庁捜査第一課、鑑識課の捜査員ですら言葉を失うほどだった。その一方で、犯行を裏付ける地道な捜査が続けられる。捜査員を絶句させたこの凶行を、たった一人で行った男の「怒り」の根源は何だったのか……。(全3回の第2回)

「骨まで粉々にしてやりたい」

 練馬区大泉学園町に住む会社員Aさん(45)、妻B子さん(41)、二女(9)、三女(6)、次男(1歳8か月)を殺害したとして、警視庁石神井署捜査本部に逮捕された不動産業Z(48)は、「Aさんと自宅の立ち退き問題でもめ、一家を殺してでもAさん宅を手に入れようと思った」などと供述した。AさんやB子さんは首や手足を切断されていたが、特にAさんにいたっては、遺体は複数の肉塊に解体されていた。

「骨まで粉々にしてやりたいと思っていた」というZの供述通り、相当な恨みを抱いていたことをうかがわせる残忍な遺体処理だった。捜査の指揮を執った第44代・警視庁捜査第一課長の田宮榮一氏の回想。

〈石神井署裏庭にある車庫にシートを敷き、バラバラに切断された遺体を並べた。

「この手は、そっちじゃないか」

「この足は、この胴体のものじゃないぞ」

 などと言いながら、切断面が合致するものを並べ替えた。まるでジグソーパズルを解くような作業だった。遺体の形が整えられると、切り刻まれた肉塊は、なんと五人分もあった。

(略)遺体をきれいに拭き、新しい浴衣をかけて納棺された。大人用が二つ、子供用が三つ。並べられた柩(ひつぎ)を見て、犯人への憎しみと家族の無念さがこみあげ、涙をこらえることができなかった〉(田宮榮一著『警視庁捜査一課長 特捜本部事件簿』角川書店)

 これで正式に、被害者はAさん一家の5人であることが断定された。この凶行に手を染めたZはいかなる人物なのか――特捜本部の捜査員は裏付けを進めた。

 Zについて、当時の新聞記事では「道で会うとニコニコと愛想のよい人だった」「毎朝、夫婦で新宿の事務所に出掛けるのを見た。家庭も円満そうだった」という声もあれば、「異常なまでの神経質」「粘着質で細かい」といった周囲の声が紹介されている。

 秋田市出身のZは地元の高校を経て、昭和33年に東京都内の大学を卒業後、同市内で父親が経営していたスーパーに就職した。高校時代からボクシングを習っていたが、地元でトラブルを起こすことも多く、昭和36年には、実弟とけんかになり、包丁で切りつけたとして殺人未遂と傷害で逮捕されている。もともと不仲だった実弟が、姉や義兄に乱暴したと聞いて刺身包丁を持って実弟宅に乗り込み、逃げる実弟の顔や腕を刺し、全治2か月の重傷を負わせた。前年にも実弟とトラブルを起こして出刃包丁で胸を切りつけており、この2つの事件で懲役3年の実刑判決を受けた。

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