愛子さまの「お婿さん候補」として名前が挙がる4名のプロフィールは? 「必要とあれば皇籍復帰する考えを持つ男系男子がいる」
賀陽家と並ぶ「有力候補」は
1947年当時の皇位継承順位を現在の系図に当てはめると、4家のうち、久邇宮朝彦親王の長男の血筋にあたる賀陽家が最上位となる。この点も、関心を集める大きな理由である。
さらに賀陽家と並ぶ「有力候補」と目されるのが、久邇宮家から分かれて1906年に創設された東久邇宮家だという。
同家の初代当主は、終戦直後に“宮さま宰相”として知られた稔彦(なるひこ)王。夫人は明治天皇の9女にあたり、その長男・盛厚氏も昭和天皇の長女・成子さんとの間に3人の男子をもうけた。
「長男は昭和天皇の初孫で、上皇さまの甥にあたる信彦さんです。2019年3月に亡くなりましたが、息を引き取る10日ほど前、上皇さまは美智子さまとご一緒に、都内にある信彦さん宅をお見舞いに訪ねられました」(旧宮家関係者)
信彦氏の弟である秀彦氏(76)は、親戚筋にあたる旧伯爵の壬生(みぶ)家に養子入りし、壬生基博と改名。現在は皇室ゆかりの「山階鳥類研究所」で理事長を務めている。この基博氏の長男と次男の家庭には、それぞれ10代の男の子がいるという。
「信彦さんの下の弟の眞彦(なおひこ)氏(73)の長男には20代の男子が、さらに次男にも男児が1人います。そして信彦さんの長男・征彦氏(53)にも10代の男の子が2人いる。男系男子の数の多さに加え、東久邇家は男系の継承者であるばかりか、女系においても今上天皇と濃い血縁関係にあります。過去には天皇皇后両陛下をはじめとした皇室の方々と霞会館(前身は華族会館)などで、子供たちと共に交流を深めていました」(同)
後編では、愛子さまと旧宮家の男系男子のご成婚を望む声に対する、専門家の批判的な見解を紹介する。
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