ご両親の思いを継いで「スカッシュの宮さま」に…ロス五輪2028で「承子さま」に熱視線が注がれる理由
2年後に開かれる「ロサンゼルス2028五輪」で、初めて正式競技となるスカッシュ。その普及と選手の強化に取り組む、日本スカッシュ協会の名誉総裁を務められているのは高円宮家の長女・承子さまである。名誉総裁職は2002年11月、スカッシュの練習中に突然倒れ、帰らぬ人となった父の故・高円宮憲仁さまから、妻の久子さまに引き継がれ、さらに承子さまに継承されたものだ。日本がスカッシュで五輪出場なるかどうか、その山場は今年の9月に迎える。晴れのコートに日本人選手が立つ日を待ち望んでおられる承子さまだが、競技への想いは、どのようなものなのだろうか。
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次の五輪で追加競技に
そもそもスカッシュは、英ロンドン生まれのインドアスポーツで、小さなゴムボールとラケットを使用する。四方を壁で囲まれたコートの中で、2人が交互に壁に向かってボールを打ち合って対戦する競技だ。世界185か国で2000万人がプレーしており、1時間の消費エネルギーは通常のプレーヤーで700キロカロリー、プロ選手では1500キロカロリーと、短時間でかなりの運動効果が得られることから「世界一、健康的なスポーツ」などとも言われる。
国内の競技人口は推定10万人、愛好者は30万人に上り、コートは全国におよそ300面ある。これまで2012年のロンドン五輪、16年のリオデジャネイロ五輪、21年に延期された東京2020五輪と、3大会連続で新競技として選考に残ったものの、涙を飲んでいた。
しかし2023年10月16日、インドで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)の総会で、ロス五輪2028の追加競技として正式に承認されている。
日本スカッシュ協会は、1971(昭和46)年にアーサー・ピルチャー駐日英大使(当時)を会長として設立。1984年に高円宮さまが名誉総裁に就任した。高円宮さまは故三笠宮ご夫妻の3男で、裏千家家元の妻で姉の千容子さんと兄の故寛仁さま、秋篠宮さまと同じ学習院大学法学部を卒業。その後の3年間はカナダのクイーンズ大学に留学した。その縁で1983年、日本とカナダの友好を図る日加協会の名誉総裁に就任。91(平成3)年にはクイーンズ大から名誉法学博士号を贈られている。
2002年11月21日午後3時ごろ、高円宮さまは1人で東京・赤坂の在日カナダ大使館を訪れ、屋内のコートでコーチからスカッシュのレッスンを受けた。カナダ大使館は東京・元赤坂の赤坂御用地にある高円宮邸から、国道246号「青山通り」を挟んだ反対側の至近距離にある。
月に2回程度、当時のカナダ大使とスカッシュを楽しんでいた高円宮さまは、この日も10分以上プレーした後、水を飲みながらベンチに座って休憩していた。そしてレッスンを受けようとウォーミングアップのために3、4回ボールを打った後、ご様子が急変、午後3時50分ごろになって突如、卒倒した。
父の遺志を継いで…
救急車で東京・信濃町の慶応義塾大学病院に運ばれた時は心肺停止状態だった。集中治療室(ICU)で心臓マッサージに加え、人工心肺装置を付けて蘇生に向けた懸命の治療が続けられたところ、一時は心拍が回復したものの、意識は戻らないまま夜になって容体が悪化。午後10時52分、重症の不整脈「心室細動」のため亡くなられた。47歳だった。
高円宮さまは各種のスポーツ振興に尽くし、かつてラグビーの普及に貢献した秩父宮と同様に「スポーツの宮さま」と呼ばれた。特に日本サッカー協会でも名誉総裁を務め、この年の日韓ワールドカップ(W杯)では5月末から6月初めにかけて、久子さまとともに皇族として戦後初めて韓国を公式訪問したばかりだった。このため「サッカーの宮さま」とも呼ばれ、天皇皇后両陛下が交際されるきっかけをつくったキューピッド役も務めた。
高円宮さまの遺志は、「ウィル・ユー・マリー・ミー(結婚してください)」と、英語でプロポーズを受けられたというエピソードで知られる久子さまが継承。日加協会の後任の名誉総裁に加えて、スポーツではスカッシュ協会もサッカー協会も後任を引き受けられた。
久子さまは若い世代へのスカッシュ普及のため、重責を次世代に引き継ぐとご決意。スカッシュ協会について2018年1月31日付で退任され、2月1日付で承子さまが後任に就かれている。
承子さまは幼い頃からご両親に導かれ、スカッシュに親しまれていたといい、就任された年の11月25日には横浜市港北区のショッピングモール「トレッサ横浜」で開催された全日本スカッシュ選手権大会の決勝戦をご観戦。試合に先立ち「練習の成果を存分に発揮され、スピードと迫力ある素晴らしい試合となることを期待しています」と挨拶のお言葉を述べられている。
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