早くも阿部監督“復帰”を望む声が高まるも…古き良き野球人による愛のムチが“野球離れ”を加速させている現実を見よ

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そもそも、阿部監督は妥当だったのか

 世間では早くも阿部監督の復権、つまり「監督復帰」を望む声が多数出ている。それによって、児童相談所に通報したことから逮捕・辞任にまで及んだ責任を重く感じている長女の精神的負担を軽減することもできるだろうと配慮する声も少なくない。

 その一方で、今回の逮捕劇とは別の観点から、今後、阿部監督復帰を強く推す動きが高まることに首を傾げたくなるような思いも募る。

 そもそも、令和という時代において、阿部慎之助という指導者が巨人の監督に適任なのか、という本質的な問いかけがあるからだ。

 3年前の秋(2023年10月)、読売巨人軍が原辰徳監督(当時)の後任に阿部慎之助を抜擢した時点で、私は強い疑問と抵抗感を覚えていた。

 読売巨人は、野球の現状と未来をどう認識しているのか?

・野球離れの危機感はないのか、巨人が果たすべき使命感はないのか?
・球界の盟主を自認するなら、巨人がいま発信すべきメッセージは何だと考えているのか?

 主にこの二つの点で阿部監督起用を支持できなかったからだ。

 それ以前に、前監督の過去の不倫問題、さらにそれに関して、前監督が反社会勢力に1億円払ったとのスキャンダルがあった。報道した文芸春秋社との間で争われた裁判では「暴力団と知りながらお金を払った事実」が認定されている。それでも球団は事実誤認と突っぱね、監督を続投、処分などもなかった。この時点でも私の気持ちは萎え、球団から心が離れた。

阿部監督の前時代的な“野球人の体質”

「常に紳士たれ」という巨人軍の矜持は地に落ち、すべての野球人の目指す先にあるはずの人間像さえも崩壊したと感じた。野球への信頼の失墜、私は深刻な懸念と失望を抱いた。

「懸念を抱いた」などと書くと評論家的だが、正直な気持ちとして、「この監督が率いる巨人の試合は見たくない」と心底思った。実際、見る意欲を失った。そして阿部監督就任でますます巨人から心が離れた。熱烈な一巨人ファンの気持ちを踏みにじり、白けさせた球団首脳への憤りはいまも変わらない。巨人の利権? 人気? 自分たちを守ろうとして、野球を踏みにじっているとしか思えなかった。

 物心ついた頃には長嶋茂雄が太陽のように輝き、マンガの世界ではあるが《巨人の星》に影響され、巨人軍の志の高さ、野球というスポーツの崇高さに心を打たれ、熱烈な巨人ファンになり、野球少年であること、野球に打ち込む自分を誇らしく思った。それは立派な生き方の象徴だと信じていたからだ。しかし、実際は違った。

 阿部監督就任に疑問を感じたのは、彼にしみついた前時代的な“野球人の体質”を案じたためだ。

 2012年の日本シリーズ第2戦、対日本ハム戦。

 ふがいない投球を見せる澤村拓一投手にたまりかね、捕手・阿部慎之助はつかつかとマウンドに歩み寄るといきなり澤村の頭をピシッと平手で叩いた。無言の喝。その後澤村は目を覚まし、好投を演じた。これが美談として扱われ、シーズン後の特番でも出演者たちから賛辞を浴びた。阿部自身、“暴力”への自覚も反省もなく、褒められて素直に喜ぶ姿に終始していた。

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