ウェディングドレスにも棺にも 南太平洋フィジーの“布のような紙のような”伝統が息づく暮らし

ライフ

  • ブックマーク

タパの作り手に出会う

 またフィジーには「ムラ」の原型を見るような小さな集落があちこちにある。川が主要道路の役目を果たし、その周辺に村が点在する。

 私が訪れた「ヴナレワ村」もその中の一つで、ボートでたどり着くや、「え、これで一つの村なの?」とその規模に驚く。保育園のグラウンドぐらいの庭をぐるっと10軒ばかりの家が囲んでいる。これが村の全てなのだ。それでも集落がどんなに小さくても、不釣り合いなくらいに立派な集会場が一つ建っている。私がタパに出会ったのも、この集会場だった。建物を支える中心柱が、美しいタパに包まれていたのだ。

 このタパはどこかから買ってきたものだろうか? それともここで作っているのだろうか?

 知りたくて、陽気におしゃべりをしている女性たちに近づいていった。フィジアンたちはどこへ行ってもとても人懐っこい。ここでもまるで懐かしい友人を迎えるように私に顔を寄せてくる。

「あの柱のタパはとても美しいのですが、誰が作ったのですか?」

 私の質問に女性たちはワッと湧いて、

「ほら、あなた、あなた」

 と一人の女性の肩や背中をさすったり叩いたりした。促されて「私よ」と手を挙げたのは意外にも若い女性だった。

 不意打ちだった。私は「タパの作り手にはそんなに簡単に出会えるはずがない」と思っていたのだ。そして「伝統布の作り手は高齢者だ」とばかり思い込んでいたのだ。目の前のツヤツヤと褐色に光る肌と、美しいアフロに見惚れながら、自分の貧相な想像力と現実の美しさの落差にわくわくした。

 ところで、タパは一体どこで作るのだろうか。他の村に出かけて行って製作所のようなところで作るのだろうかと思って尋ねると、また外れた。

「この集会場で月に何回か集まって、私たちみんなで作るの。タパを作るのは私たち女性なのよ」

 嬉しそうに教えてくれる。

 なんとタパを作る技術が、こんな小さな村にも鮮やかに息づいているのだ。

 という感動で私はその場を去った。

 なのだがだんだん私は「ん?」と頭が混乱してきた。

「みんなで作る」と「この人が作ったのよ」が混在しているのだ。これはどういうことだろうか?

大人数のパフォーマンスと巫女のような呪術的儀式

 タパについて思いを巡らせるといろいろ面白い。一枚のタパには、姿の違う二つの文化が共存しているのだ。

 一つは樹皮を叩いて伸ばす大人数でのパフォーマンスと言ってもいい文化。どの村を訪れても歌と踊りが本気でうまいフィジアンたちは、おそらくタパを叩くゴンゴンというリズムに歌声を合わせもするだろう。

 そしてもう一つが、タパに紋様を記してゆく静かな作業。フィジーのタパの特徴は「型染め」で、その緻密な技術はオセアニアの中でも群を抜いている。文献を辿ると、自然界の神聖な力や祖先の力はタパを通して人々に届き、逆に不浄な力はタパが跳ね返してくれるという。つまりタパはフィルターのような役割を果たすのだ。紋様一つひとつには村のアイデンティティや物語が込められていて、呪術的でもある。その紋様を記すことができるのは、巫女のような限られた女性となる。この作業は内なる深みにぐっと潜り込んでゆく個の儀式に近く、ゴンゴンみんなで木槌を振るう共有の儀式とは対極の姿となっている。

 この二つを併せ持ったタパが3畳分ともなると、私の部屋はうるさいほどになる。このざわめきを一度でも肌で感じてしまうと、部屋中のものを隅に押しやってでもタパを広げたくなる。

参考文献
・Jara Hulkenberg, Masi: Cloth of the Vanua, Pacific Studies Press, Suva, Fiji, 2021.
・菊岡保江・小網律子『タパ・クロースの世界――南太平洋の樹皮布』源流社、1978年

土居彩子(どい・さいこ)
1971年富山県生まれ。多摩美術大学芸術学科卒業。棟方志功記念館「愛染苑」管理人、南砺市立福光美術館学芸員を経て、現在フリーのアートディレクター。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。