神宮で野球がしたいです……「スタンリー翔唯(23)」早実から早大政経に進むも東大を受験した理由を明かす わずか8ヶ月の受験勉強で合格した背景に「夏休みまでに必ず終わらせておくべきこと」

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 今年も4月9日に101年目の東京六大学野球の新シーズンが幕を開け、選手たちはそれぞれの思いとともに、リーグ戦に臨んでいる。東大野球部に所属するスタンリー翔唯選手(スタンリーかい、=23= 文科三類3年)は昨年11月、野球部の練習に取り組みながら司法試験に合格。現役の野球部員としては史上初の快挙を成し遂げた。早稲田実業高校の野球部では、学生コーチも経験。早稲田大学では新聞部に在籍した後、東京大学硬式野球部の門を叩き、プレーを続ける異色の経歴のスタンリー選手に勉強法や、東京大学再受験を決めた理由について伺った。【ライター・白鳥純一】(全2回のうち第1回)

イチロー選手に憧れた幼少期

 アメリカ人の父と日本人の母を持つスタンリー選手は2003年1月、四季折々の自然が楽しめる東京・練馬区で生を受けた。第2回WBC(2009年)で日本の連覇を手繰り寄せたイチロー選手のプレーに心惹かれ、「幼い頃から野球が大好きだった」というスタンリー選手は、通っていた保育園で新聞紙のボールやバットを作り、友人たちと一緒に野球を楽しんだ。

「将来はイチロー選手のようなメジャーリーガーになりたい」

 大きな夢を抱いたスタンリー選手は、小学1年生の時に地元の少年野球チームに加わると、高い守備力を買われて遊撃手に。水泳や進学塾と並行しながら実力を磨いたスタンリー選手は、小学校4年生から6年生まで区大会3連覇を達成し、都大会ベスト16入りを果たした。そして、野球を続けながら果敢に挑んだ中学受験では、都内屈指の難関校であり、王貞治氏らを輩出した野球の名門として知られる早稲田実業中等部に入学。その後も内野手としてプレーした。

 だが、中学2年生の時に肘を負傷して調子を崩すと、その後は思い通りのプレーができない日々が続いた。そのまま内部進学を果たすも、高校から入学したスポーツ推薦生がチーム加わると、ベンチ入りすら遠いほどの厳しい状況に置かれることになってしまう。

「少しでも試合に出場できるチャンスを掴めれば……」との思いから、高校入学直後にスタンリー選手は投手に転向を決断し、投球に磨きをかけるも、翌年の4月には「そこまでスピードは速くありませんでしたが、本当に球質が素晴らしかった」と振り返る田和廉(現、巨人)が新入生として入団。

 一度は「エースは無理でも何とか2番手以降に食い込めたら……」との気持ちを奮い立たせるも、「これ以上はチームの力になれないだろう」と感じたスタンリー選手は、高校2年生の年5月に選手を引退し、以後はコーチとしてチームに携わることを決断する。その後は裏方としてチームを支えるも、高校3年生の夏はコロナ禍の襲来に伴い高校野球開催自体が中止となり、甲子園の出場は叶わなかった。

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