サバンナ高橋「いじめ」問題で謝罪へ 他人と接する時の「最強の戦略」はたった3文字で表現できる
いかにも現代的な「告発」と「収束」と言えるだろうか。
発端はピン芸人の中山功太がABEMAの配信番組内で、10年間くらいずっと自分をいじめてきた先輩がいる、と発言。実名は伏せられたものの、早速ネット上では「犯人探し」が始まり、徐々に容疑者が絞られ、お笑いコンビ・サバンナの高橋茂雄が有力視されることに。
その後も中山は個人名を明かさなかったのだが、事態を受け、高橋の相方である八木真澄が動いたことで結果として、それが高橋だと判明。中山と高橋は八木の仲介により電話で話し合うこととなった。中山、高橋、八木の三者がそれぞれXで発信している内容をまとめれば、若手時代に共演した際の高橋の絡み方やいじり方に中山は深く傷ついていたが、高橋のほうはそんな意識はなかった、今回指摘されて深く反省している、ということになる。
告発から決着までわずか一週間弱。とりあえず当事者同士はこれで一件落着と言えそうなのだが、先輩に媚びる姿を一種の芸風としていただけに、「いかにも上に弱く下に強い高橋らしい」といった厳しい声も聞かれた。
もっとも、多くの人にとってこれは決して他人事ではあるまい。発言した当人にとっては、軽いいじりやちょっとした物言い、あるいは注意や指導のつもりであったとしても、それがあとになってハラスメントと指摘されるというのは今やどこででも見られる光景だからだ。それゆえ、なるべく他人との接点を減らしていく、という戦略を取る人も珍しくない。
こんな時代に友人や仲間を増やしたり、年下とうまく接するにはどうすればいいか。作家で社会学者の古市憲寿氏は新著『コミュ力不要の社交術』の中で、いくつかのヒントを示している。要領よく見える古市氏だが、ここで述べているのは意外なほどオーソドックスな戦略。キーワードは「WANT」と「優しさ」だという(以下、同書から抜粋・再構成しました)。
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「WANT」のある人は魅力的だ
好きな人がいたとします。その人を振り向かせたい。ある程度まではテクニックでどうにかなります。だけど結局、あなた自身が魅力的でないと、関係は長続きしません。どうしても「媚びる」ような状態になってしまうんです。
では、どうやったら魅力的な人になれるのか。どうやったら媚びずに生きていくことができるのか。
もちろん、めちゃくちゃ難しいです。
でもヒントがあります。
物語を例に考えてみるのがいいと思います。世界中の作家や脚本家が知っているルールがあります。
それは、魅力的な物語を作るには、魅力的な主人公が必要である、ということ。
魅力的な主人公とは何か。
それは「WANT」がある人物です。「目的」や「動機」と言い換えてもいいと思います。
要は主人公が何をしたいのか、行動の理由がわからないと、読者は感情移入できないんですよね。
漫画『ドラゴンボール』の例がわかりやすいと思います。実は『ドラゴンボール』って連載開始当初はそこまで人気がなかったといいます。なぜなら主人公である孫悟空の「WANT」が受動的だったから。
物語は都会から来たブルマという少女のドラゴンボール集めを、悟空が助けるところから始まります。この時点では、悟空自身には大した「WANT」がないんです。
では『ドラゴンボール』はどこから人気が出たのか。ドラゴンボールを集める旅を経て、悟空が「誰よりも強くなりたい」と「WANT」を持ち始めた時からなんです。
このように、明確な目標や動機がある人物が支持されるというのは、物語の中だけでなく、現実社会でも同じです。
たとえば、好きな歴史上の人物といえば、日本では決まって織田信長や坂本龍馬が挙がりますよね。彼らの共通点は、明確な「WANT」がありそうに見えること。あくまでも史実ではなく、イメージの話です。
織田信長や坂本龍馬のように、何か明確な目的のために頑張る人に、人々は惹かれるのです。
もちろん「WANT」を持つのは難しい。だからこそ「WANT」を持っている人が魅力的に映るわけです。
せめてリーダーには「WANT」を持っていて欲しいと思います。
「優しさ」は合理的な態度である
リーダーシップや「WANT」の話をしてきました。
もっと手っ取り早く、周囲から信頼され、魅力的だと思われる方法があります。それは「いいやつ」になることです。
「なんだ道徳の話か」と思われるかも知れませんが、違います。
これは合理的な生存戦略の話です。
優しさほどコスパのいい投資はありません。
たとえば、誰かがミスをした時。それが自分の責任ではなくても、「ごめんなさい、私の確認不足でした」と頭を下げてみる。
たったこれだけで、ミスをした当事者はあなたについていこうと思うでしょうし、周囲は「なんて器の大きい人だ」と勝手に評価してくれます。
実際に自分が被る損害なんて、せいぜい一瞬のプライドくらい。失うものはゼロで、得られる信頼は莫大です。
年下への態度も同じです。
若者に対して偉そうな人って多いですよね。だから、年下に対して「偉そうにしない」だけで、勝手に「物分かりのいい、素敵な大人」という評価が手に入ります。ブルーオーシャンなんですよね。
他人のために行動したり、誰かのために頑張るというのは、一見すると自己犠牲のように見えます。だけど巡り巡って自分の評価を高め、自分が動きやすい環境を作ることになります。
つまり、究極の「利他」は、究極の「利己」とイコールなんです。
自分のために、他人に優しくする。自分の評価のために、他人のミスを被る。
動機が不純だろうが何だろうが、出力された結果が「優しさ」なら、周りにとっては「いいやつ」です。本当に性格がいいかは関係ありません。「優しさ」は作れます。
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高橋の反省の弁には以下の一文がある。
「(自分が)本当に未熟で受け取る側のことをしっかり配慮できていませんでした」
一見、厳しい物言いをしたとしても相手にWANTや優しさが伝わっていれば、後々になって告発されるといった事態は避けることができる。今回、事態の収束に一役買ったのが、人柄の良さに定評がある相方の八木だったことは象徴的と言えそうである。










