自信満々な「陽キャ」が社交上手なんて大ウソ! トーク力よりも大切な「他人についての基本的考え方」とは?
テレビのバラエティ番組は芸人やタレントが内輪受けの話で盛り上がっているだけで面白くない――そんな苦情を聞くようになって久しい。
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そういう番組が増えた理由の一つは、いくつかの成功例があったからだろう。「踊る!さんま御殿!!」「アメトーーク!」等々。言うまでもなく、これらヒット企画は単に人気者や有名人を集めて並べているだけではない。司会の技術や演出、企画の妙があってこその「面白さ」であるがゆえ、後発のパクリのような番組はただ騒々しくて「面白くない」と受け止められる。
テレビ番組ならまだしも、こうした番組に影響を受けた人が周りにいた場合、往々にして迷惑な存在となる。本人は芸人気取りで面白いトークを披露し、場を回しているつもりなのだが、周囲の人は冷めきっている、なんて事態に陥りがちだ。コミュニケーション力についての自己評価と周囲には大きなギャップがあるのだろう。
作家・社会学者の古市憲寿氏は、新著『コミュ力不要の社交術』の中で、コミュニケーション能力とは自信満々にペラペラしゃべる能力とは無縁だ、と言う。それどころか「コミュ障」でも社交は十分可能だ、と。
その真意はどこにあるのか。同書をもとに見てみよう(以下『コミュ力不要の社交術』「2 会話篇 口下手のコミュニケーション術」より抜粋・再構成しました)
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「コミュ障」でも社交はできる
よく勘違いされますが、「コミュニケーション能力が高い」というのは、よどみなく、自信満々に話すということではありません。いわゆる「陽キャ」とも違います。
「コミュ力」の話をする時、いつも大学の入学式のことを思い出します。OB代表として呼ばれた男性が、流暢なスピーチをしていました。そうか、大人はこんな風によどみなく話せるんだと感銘を受けました。
だけど今となっては流暢であったこと以外、内容を何一つ思い出すことができません。
僕は仕事柄、たくさんの小説家や漫画家の方に会ってきました。
断言できるのは、書くものが面白い人は、話しても面白いということ。
これは話術という意味ではありません。人前に立つことを仕事にしていないから、ボソボソと話す人もいれば、挙動不審な人もいる。
でもじっくり話を聞いていくと、みんなとんでもなく面白い人ばかりです。
売れっ子の作家は、世界を独自の視点で見ています。世界に対する「問い」があると言い換えてもいいかも知れません。
ヒットメーカーというのは大衆に受け入れられているということ。
だから当然、常識的な目線も持っています。
それと同時に、作家ならではの、エキセントリックだったり、猟奇的だったり、過激な価値観もあわせ持っている。
その常識と過激さから、うまく第三の視点を見出せた時、作品というのは成功することが多いように思います。
何が言いたいかというと、人とうまく付き合いたいと思った時、目指すべきは、一般に想像されるような「コミュ力」のある人ではない、ということです。
「話し上手」より「聞き上手」になるほうが簡単
コミュニケーションが苦手だという意識のある人は、まずは「話し上手」よりも「聞き上手」を目指したほうがいいと思います。
売れるホストは、格好いいか、聞き上手か、のどちらかだと言います。人はお金を払ってでも、自分の話を誰かに聞いてほしいものなんです。
恋愛に限らず、友情でも一緒。聞き上手の人は友達からも愛されていると思います。
聞き上手になることは、そんなに難しくはありません。「間が持たない」という悩みも、聞き上手になれば一気に解決します。とにかく相手の話を聞きましょう。
一番簡単なテクニックは、「相手の言葉の終わりの部分をオウム返しする」こと。頭を無にしてもできます。
たとえば「今、AIで困っているんですよ」と言われたら「へえ、AIで困っているんですか」みたいに返す。これだけで最低限、会話は続いていきます。
人間の話は何よりも面白い
「聞き上手」を目指すといっても、テクニックだけでは限界があります。では、どうしたらいいのか。
まず「人間の話は何よりも面白い」と信じることです。
ちなみに僕はこの定理を本気で信じています。文明が発達し、娯楽が無数にある現代社会でも、「おしゃべり」は娯楽として生き残り続けています。それくらい人との会話って楽しいことなんです。
親友など気心の知れた人との会話と違い、全くの他人や、これから仲良くなりたい人との会話には気後れしてしまう人がいるかも知れません。
でも実は、自分から遠い人の話のほうが情報量が多く、他では手に入らないことを知れる可能性が高いんです。
相手が誰であろうと、定番の話題は相手自身に関して聞くこと。特殊な場合をのぞけば、自分語りが嫌いな人はあまりいません。
どこの出身で、どんな勉強や仕事をしてきたのか。人類学者にでもなったつもりでライフヒストリーを聞いていけば、いくら時間があっても足りません。
僕は他人のライフヒストリーを聞くのが好きです。
有名無名に関係なく、どんな人生にもドラマがあります。映像化した時にハイライトになるようなシーンがあります。たとえば、教科書で「高度成長期」や「平成不況」の一言で片付けられてしまう時代には、人の数だけのドラマがあったはずなんです。
どんな人でも、ちゃんと話を聞けば、絶対に自分の知らない面白いエピソードが一つや二つは出てきます。
僕は、新しく会う人から「一つはエッセイのネタにできるような面白い話」を聞き出すようにしています。
結局は、「問い」なのだと思います。自分の中に「問い」がいくつもある人は、誰と会っても、聞くべきことが無数にあるということです。










