“コミケの女帝”と呼ばれたイラストレーター「七瀬葵」が語り明かす…90年代コミックマーケット「伝説」と「騒動」の真相
七瀬葵とナコルル
――七瀬先生といえば、「サムライスピリッツ(以下、サムスピ)」の仕事、特にナコルルのイラストが有名だと思います。同人誌で描いていたのをきっかけにメーカーから声がかかり、公式で描くことにもなりました。これはどういった流れで実現したのですか。
七瀬:私のデビュー作、「餓狼伝説」のアンソロジーコミックを出していたホビージャパンさんは、他にもいろいろなゲームの本を出版していました。その流れで、「サムスピ」のアンソロジーコミックの表紙を描く機会がありました。その後、アーケードゲーム雑誌の「ゲーメスト」の依頼でグッズ用にナコルルの絵を描き下ろしたら、ものすごく売れたそうなんですよ(笑)。
私のサークル名「パワーグラデイション」も「サムスピ」のキャラ、シャルロットの必殺技からきているほど。それくらい好きだったので、漫画やイラストを同人誌で発表していたのです。すると、「サムスピ」のアニメのビデオ(OVA)を出す話が持ち上がったときに声をかけていただき、「サムライスピリッツ2 アスラ斬魔伝」でキャラクターデザイナーを務めることになりました。
――今ではメーカーが同人作家に仕事を依頼するのは珍しくありませんが、当時は類例が少なく、画期的でしたよね。
七瀬:当時、コミケでナコルルの同人誌を描いていた人は山ほどいたわけですよ。そのなかからオフィシャルに引っ張りあげていただけたのは、本当に嬉しかったですね。
ただ、公式の仕事をしてしまった影響で、同人活動ができなくなっているのが今の状態です。私は今もナコルルが好きなのに、勝手に描くことはできないジレンマがあるんですよ。大好きなキャラなのでこれからも描き続けたいし、アンソロジーや同人誌で描いた物語の続きも描きたいんですけどね……。
――七瀬先生が描いたナコルルがこれほど評価された要因を、ご自身ではどう考えていますか。
七瀬:ナコルルの場合、本編の絵を私の絵柄の美少女にしつつも、違和感がなく、それでいて魅力的な絵になるように意識して描いていたためかもしれません。あと、私は同人誌を作るときは作品をリスペクトするのが大前提で、お話も本編からできるだけ外れないように考えていました。
90年代は18禁の同人誌が盛り上がっていましたが、私はあくまでも全年齢の本を出し続けていたんですよ。リスペクトして描くのだから、18禁にしちゃうのはどうかなって思っていたんです。あと、専業主婦をやっていたこともあり、一般の人たちにオタクを認めてもらうためには、誰でも読める本を描くというポリシーがありましたね。
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