「山口百恵さんのお尻を触った理由は…」 黒柳徹子が明かす久米宏さんの素顔 『ザ・ベストテン』突然の降板の裏側は?

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ミスをしない人

 広島に原爆が投下された8月6日に放送があった1981年には、広島と中継して番組を作りました。あのときも自分で用意した原爆の悲惨な写真を出して、こう話しました。

「どんなに夢がある人も、どんなに優秀な人も、恋人が待っている人も、普通に暮らしている人も、戦争があると、一瞬でこんなことになっちゃうんです。だから絶対に平和を守らなきゃいけないんです」

 話すうちに声が詰まってしまった私を見て、久米さんはすかさず助け船を出してくれました。

「黒柳さんが泣きながら言っていますから、みなさん、聞いてやってください」

 久米さんは私の話自体に何か口を挟むことはありませんでした。私と同じ考えだったんだと思います。

 私たちが作っていたのは、明るく、軽く、楽しい娯楽番組で、ふざけているようにしか見えなかったかもしれません。でもときには社会的な役割を果たさなければいけない。まして、若い人や子どもたちも見ているような番組なのだから、なおさら伝えなければならないことは積極的に言っていこうと思っていました。

 そのあたりの価値観が久米さんと一致していたから、あれだけスムーズにやっていけたのだと思います。番組が始まった直後から、単に早口同士というのではなくて、この人とは息が合っているなと感じていました。一緒に仕事をして、あんなに価値観を含めて相性がぴったり合った人って久米さん以外にいませんでした。

 だからなのか、けんからしいけんかは一度もなかったような気がします。

 大きな失敗も、久米さんはなかったんじゃないかしら。一度だけ、何か女性問題があって3週間ほど謹慎したことがあったんです。ちょうどその時期、私は休みをいただいてニューヨークに行く予定でした。出国しようと成田空港にいたとき、局の方から連絡が入り、私が出なきゃ司会が誰もいないと分かって急きょ旅行を取りやめて引き返しました。

 思い出せるのはそれぐらいで、めったにミスをしない人でした。

思わぬ形でコンビ解消

 久米さんが百恵さんのお尻を触ったことがありましたが、あれは確信犯です。

 私は見かねて「なんてことです? お尻触ったりして」と注意した気がしますけど、久米さんは笑って受け流していました。百恵さんのファンだったんですって。彼は、視聴者の方々に印象をつけようと、わざとやった、と何かに書いてありました。

 生放送の後、スタッフとTBSの近くにある「古母里」というお店で反省会を兼ねてよく食事をしたんですが、久米さんが出席なさったことは一度もなかったんじゃないかしら。

〈30%台という高視聴率をキープし、40%近くをたたき出すことも珍しくなかった「ザ・ベストテン」。だが85年、思わぬ形でコンビ解消となる。久米さんが一方的に降板を申し入れたのである。〉

 久米さんが降板することを知ったのは、新聞報道でだったんです。びっくりしました。私が番組に誘ったのに、私が知るより前に、辞める話が新聞に出るってどういうことなのって。

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