若手医師が「美容医療」に直行する「直美(ちょくび)」問題 脳外科専門医から美容外科に転身した“異色の医師”が直美に想うこと
脳外科から美容外科へ異色の転身 そのワケ
1988年に京都大学を卒業した近藤院長は同大学脳神経外科教室に入局、脳神経外科顕微鏡手術の父と呼ばれる菊池晴彦名誉教授に師事。同門には現iPS細胞研究所長・高橋淳医師をはじめ、医学界を牽引する人材が集まる環境に身を置いてきた。脳外科専門医として、およそ2,000件の執刀経験を重ねる傍ら、脳動脈瘤の病理発生を究明し医学博士号も取得している。
そんなエリート街道にいた近藤院長がなぜ美容外科医になったのか。
「命を脅かす脳疾病や外傷、日常生活に支障をきたす病を治す『疾病治療」は、医師の必然的使命です。しかし、病気でなくとも、先天性や加齢による容姿の悩みを抱える方は非常に多くいらっしゃいます。医療の力を疾病治療のみに留めず、抗加齢・美容分野へ拡げ活かすことで、我々医師はより多くの人々の役に立てるはず。病気、病気でない、保険診療、自由診療、そんな枠組みを超えたグローバルな”患者のための医療”を真剣に行いたいと考えたのです」
美容医療でコンプレックスを解決した人々が自信を取り戻し、笑顔で社会に参加することは、個人の人生を変えるだけでなく日本社会を支える力にもつながる。さらに容姿の改善は健康へのモチベーションとなり、健全な生活習慣を実践する予防医学的効果ももたらし得る。
「WHOによる健康の定義とは、病気ではない状態でなく”肉体的、精神的、社会的に満たされた状態”とあります。この観点からも美容医療は人々の健康に貢献すると考えます」
決別したはずの脳外科キャリアが武器に
そんな考えのもと、近藤院長は脳神経外科のキャリアと決別。44歳で京都から単身上京を決めたとき、まずは大手美容外科クリニックの門を叩いた。
「20年間、脳外科医としてそれなりのレベルでやれたのだから、60歳までの20年、努力すれば、美容の分野でもトップレベルになれるはず。人生をかけた決断でした」
脳外科医としては一流だが「44歳の研修医」として、美容分野をゼロから学ぶ覚悟で挑んだ。同じ医療とはいえ、来院する患者の悩みは脳外科とまったく異なる。自由診療ゆえの商業的側面に戸惑うこともあったそうだ。
「しかし数週の研修期間で、美容外科に来院される患者さんの顔面・頭頸部の悩みを解決する際には、かつて疾患や外傷で治療してきたものと同じだと気づきました。脳外科医として培った解剖学的知識と診断・治療技術が活かせると気づきました」
形成外科専門医や皮膚科専門医としての経験がなくても、脳外科医として責任をもって患者と向き合える――「美容外科医」として活躍できると確信したという。
最後に、直美を考える若い医師にメッセージ
直美を考える若手には、こんなメッセージを送る。
「ひとり独りが主人公の人生です。自分が選ぶ道を進んだら良いと思います。医師という職業は、患者そして社会のためにある職業です。人を幸せに笑顔にできなければなりません。自信を持って美容医療に携わる医師として必要な教育を受け、医療技術だけでなく、医師としての責任感を習得できるといいですね。
ただ、やはり一般医療の医師として働けないよりは、働けた方が良いことは確かです。それは患者さんや社会にとってはもちろんですが、皆さんご自身のためにも。私が脳外科という“故郷”を持っているように……」









