友人宅で「母親って料理を作るんだ」と驚いた…異質な家庭に育った“お坊ちゃん” 地獄に沈んで出会った“年上女性”に救われて

  • ブックマーク

【前後編の前編/後編を読む】元妻への養育費を「欲深すぎる」と年下の再婚妻はガチギレ… 「毎日、薄氷を踏むよう」40歳夫が送る大後悔の日々

 不倫の取材を続けていてときどき感じるのは、「どうして男性は女性の本心を見抜けないのだろう」ということだ。もちろん、結婚前に相手の本性を見抜くのがむずかしいのは男女問わずだし、他人の心の奥底などわからなくて当然ではある。ただ、「わかりやすく表現されて」いるとしても、男性は見抜けない。いや、見抜きたくないのかもしれないとさえ思う。そんな話をすると、「耳が痛いっす」と目の前の男性は目を伏せた。

 菊川功太さん(40歳・仮名=以下同)である。20代から今まで「波瀾に満ちた女性関係」を経て、今は後悔の日々を送っているとつぶやいた。

「普通じゃない」家に育って

 功太さんは東京の真ん中で生を受けた。3歳違いの姉がいる。父親は有名企業勤務、母は料理教室の講師を務めていた。しかし彼が高校に入るまで通いのお手伝いさんがいて、母が料理をするところは見たことがなかった。父も母もともに実家が名家でもあった。

「すごくいやらしい言い方をしますけど、子どものころ、家にはみんなお手伝いさんがいるものだと思っていました。母親が家事をすると知ったのは小学校高学年になってから。友だちの家で夕飯をごちそうになったとき、『おいしい。誰が作ったの?』と友人に聞いたら、母親だよって。母親って料理を作るんだとびっくりして。家に帰って母に言ったら、『普通はそうなのよ』と。だっておじいちゃんの家にもお手伝いさんがいるし……とさらに聞いてみたら、『うちが普通じゃないの』と言われました。普通じゃないという言い方に、なんだかコンプレックスみたいなものを感じたのを覚えています。僕が高校に入るころ、長くいてくれたお手伝いさんが病気で亡くなったんです。母にとって料理は仕事。家で料理する気はなかったんでしょう。本当は料理そのものも嫌いだったのかもしれません」

人生を教えてくれたのは…

 彼が高校に入ると、母は料理教室の講師をやめた。そしてなぜかダンス教室に入り、社交ダンスの講師になる。中学生のころからダンスはやっていたらしいから、好きなものへとシフトしていったのかもしれない。

「父も仕事人間でしたから、仕事が好きなわけではなかったと思う。会社を守るために、会社や上司に命を捧げるような人生だったんじゃないかなと推測しているんです。結局、人として大事なことは親には教わりませんでした」

 彼に“人生”を教えてくれたのは、意外にも近所のお寺の住職だった。両親はクリスチャンだったので、子どものころは教会に通わせられたが、彼はどうしても教会の雰囲気が好きになれなかった。友だちも決して多いほうではなかったし、運動が苦手だったので、よく近所のお寺の境内でひとりで遊んでいた。あるとき住職が話しかけてくれ、そこからときどき寺に遊びに行くようになった。

「住職はうるさいことは言わない。でも僕が何か話すと、深い答えを返してくれるんですよ。友だちのお母さんが家で料理をすることにびっくりしたときも、そこから料理を仕事にしている母が家ではしないのはなぜか疑問に感じたときも、住職は黙って聞いてくれました。『人にはいろんな事情や思いがある。みんながしていることをしなくてはいけないというわけではない』という内容のことを言っていました。当時はよくわからなかったけど、大人になるにつれて心情的に理解できるようになった。父は僕の成績が下がると、口もきいてくれなくなったから、僕としてはとても父を恐れていたんです。でも住職の話を聞くようになって気持ちが変わりました。変な家庭だったとは思うけど、親を恨んだところで意味はないんだとわりと早くから思っていました」

 世間一般が「普通」と思い込んでいることが自分の家では成立していなかったとしても、それで自分がひねくれたりいじけたりする必要はないと子どもながらに悟っていたらしい。

次ページ:「お坊ちゃん」としてモテた

前へ 1 2 3 次へ

[1/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。