「こんなに小さな弱い女が殺せるわけがないでしょう」…現職警察官を殺害したのは“小学校教員をしている妻”なのか? “取調室での号泣”に至る捜査の内幕

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共犯者はいるのか?

〈「私は多くの児童の教育の任にあるものです。途方もない嫌疑をかけられては迷惑します。どのような証拠によって逮捕されたのか存じませんが、これで憲法に保障された人権というものが私にもあるのでしょうか。刑事さん、落ち着いてよく考えてください。あの柔道何段とかいう頑強な男ひとりを、こんなにやせ細っている小さな弱い女が、殺したりバラバラにしたりできるわけないでしょう」〉(同)

 調べ担当の刑事をまっすぐに見つめ、瞬きもせずに語るB子。その指摘通り、捜査本部内で検討されていた、ある重要な課題があった。

「レツ(共犯者)がいるはずだ。身辺捜査を徹底しろ」

 B子は大阪府出身。生家は綿布加工業を手広く営んでおり、何不自由ない幼少期を過ごした。しかし、戦争で財産を失い、昭和19年に父親の出身地である山形に疎開した。県立高等女学校の専修科に進み教員資格を得たが、山形には空きがなく、大阪の旭区内の小学校に勤務することに。

 一方のA巡査はB子の母親の姉の継子にあたり、幼少のころから二人は顔なじみだった。昭和23年、B子が大阪から山形に帰省する際に東京に立ち寄り、そこで再会した二人の仲は親密になっていく。3年後には結婚の約束をするまでになっていた。同26年4月、B子は東京へ。A巡査の自宅で同居が始まり、ほどなく大阪からB子が呼び寄せた母(51)と弟(16)との生活が始まっていた。

 B子の同僚への聞き込みから、興味深い情報も寄せられた。大阪の学校に勤務していたころ、同じ職場の男性を好きになり、自ら結婚を申し込むと、男性の態度が冷たくなり、死ぬほど苦しんだ過去を打ち明けられたという。

 そして、B子の親友へ事情聴取したところ、結婚生活について「私にはどうしても愛情の表現ができない。(A巡査が)いる夜は怖い。これは、私の肉体に欠陥があるからかもしれない。それにしても、借金してまで飲み屋回りをして困る。ときどき泊まるようになり、給料も渡さなくなったので、愛人でもできたのではないか。何とかして別れたいが、いい方はないかしら」と打ち明けていたこともわかった。

 自宅の捜索で押収された中に、かつて東京と大阪で遠距離恋愛をしていた二人が交わした手紙があった。そこには、とにかく「早く呼んで」「逢いたい」「たまらなく逢いたい」といった、激しい愛のやり取りが残されていた。

 やはり「理想」と「現実」は違っていたのか――。

ついに自供

 取り調べにあたった捜査員は、B子の証言の矛盾をつくことはせず、また捜査で分かった事実をぶつけることもせず、B子の気持ちに寄り添った調べに徹した。副業に手を出し、借金を重ね、酒を飲むA巡査の不誠実さを責めたのである。

 5月17日午前10時40分過ぎ、B子は突然、全身を震わせ、声を張り上げて号泣した後、こう言った。

「取り乱して失礼しました。(A巡査は)私が手にかけました。お手数をかけて申し訳ございません。私が夫を絞め殺しました。母と死体をバラバラにして、川に投げました」

 共犯者は同居する母だった。午後3時半、自宅にいた母親も殺人・死体遺棄損壊の疑いで緊急逮捕した。母親は当初、自身だけでなくB子の容疑も否認していたが、その後の調べですべてを認めた(母は死体損壊のみ)。また、同じく同居していたB子の弟(14)については「犯行当時は寝ており、(遺体を解体するなどした)翌日は親類に預けた」という供述の裏付けが取れた。

 事件は遺体発見から1週間で、劇的な展開となった。

【第3回は「『死体は細かくした方が捨てやすいし、人目にもつかない』…実母と一緒に夫の遺体をバラバラにした“小学校の女性教員” 『こうするより他に仕方なかったのです』」】

デイリー新潮編集部

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