SNSで再燃した「板東英二」の近況 “最後の住所地”の近隣住民は「板東さんですよね?と聞いても“違います”と」
高須クリニックの高須克弥氏が4月12日に投稿したInstagramの2ショット写真が話題となっている。高須氏の隣で笑っているのは、かつて人気を博したタレントの板東英二(86)だったからだ。板東は転倒により頭を強打して入院した2020年以降、テレビで見かけることがなくなっていた。
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そのためコメント欄は歓迎の声であふれた。
《坂東英二さんもお元気そうですね!/お顔見れて嬉しいです/高須先生ありがとうございます》
《うそー!!板東英二さんお元気ならこんな嬉しい事ないです!高須先生ありがとうございます!!》
もっとも、高須氏は翌日、Xにこう書き込んだ。
《これは僕がインスタに流したアーカイブ映像です。/僕の仲間は一年以上連絡がとれないと死んだことにされます。/老人な記憶から消えたら終わりです。/インスタでばんちゃんが生き返ってくれてうれしい なう。》
近影ではなかったのだ。では、板東は今どうしているのだろう。最後の地上波テレビの出演は2020年4月14日放送の「相席食堂」(朝日放送テレビ)だという。現在も本人の公式サイトは残っているが、更新された様子はない。そのサイトを運営する株式会社イーストボードは彼の個人事務所だが、登記を取ってみると20年末に閉鎖され、彼が取締役を務めていたリサイクル会社も翌年1月に解散していることが判明した。
その1年後、板東が暮らしていた大阪市内のマンションを訪ねた記者は次のように話す。ちなみにこのマンションは、当時、公表されていた“最後の住所地”である。
今も破られぬ大記録
「すでに板東さんは転居していましたが、マンションの住民に聞くと彼が住んでいたことは有名だったそうです。ただし、エレベーターで一緒になった際、『板東さんですよね?』と聞いても『違います』と言って下を向いていたといいます。体調が悪そうには見えなかったものの、歩き方は少しヨタヨタしていてマンションの前で転んでしまったこともあったとか。近くの商店街でもよく見かけ、フリーマーケットではブルーシートを広げて私物を売ったりしていたようです。近所にはグラウンドもあって、バットとグローブを持って少年野球の練習を見に行くこともあって、子どもたちにアピールしようとしたようですが、彼らは板東さんが野球選手だったことを知らなかったとか……」
それはそうだろう。50代でも板東の現役時代を知る人はいないはずだ。しかも、野球選手として最も有名なのは甲子園での活躍だ。
1940年に満洲で生まれた板東は、5歳の時に日本に引き揚げてきた。その後、父の故郷である徳島県板東町(現・鳴門市)に移り、中学時代に野球に出会う。県立徳島商業高校では野球部のエースとして活躍し、58年、3年生の春季四国大会では準決勝の高知商戦で延長16回を投げきってサヨナラ勝ち。続く決勝の高松商戦では延長25回を投げきったものの敗退。準決勝と決勝で計41回を投げた板東の活躍は全国紙でも報道され注目されたという。
そして徳島商は同年の夏の甲子園に出場する。板東は初戦の秋田商戦を17奪三振で完封。続く八女戦でも15奪三振、準々決勝の魚津戦では延長18回を投げきり25奪三振を記録するも0対0で再試合に。翌日の試合では9奪三振を取って勝利。準決勝の作新学院戦も14奪三振で勝利。決勝の柳井戦では敗れたが、大会通算83奪三振の記録は今も破られていないし、今後も破られることはないだろう。
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