『論語』が必読書とされた時代に、なぜ「中年男の赤裸々な性欲告白」に日本国民は熱狂したのか?

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 清く正しく生きることを説く『論語』が必読書とされ、富国強兵と立身出世が正義とされていた明治時代。そのような時代の空気に抗うように、作家の田山花袋(1871~1930年)は、中年男の禍々しい性欲を描いた小説を発表し、国民の熱狂的な支持を集めました。

 なぜ当時の日本人は、「中年男の赤裸々な性欲告白」に熱狂したのでしょうか。上智大学教授の木村洋さんの新刊『「蒲団」の時代:自然主義とは何だったのか』(新潮選書)から、一部を再編集して紹介します。

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 およそこれまでの文人に見られないたぐいの勇気を、1907年の田山花袋はつかみとっていた。その年の5月に出た花袋の「少女病」(『太陽』)は、毎日通勤で使う電車のなかで、明らかに花袋その人と思(おぼ)しき男が少女たちに性欲を昂ぶらせているさまを描いた小説だった。花袋はその数ヶ月後に私小説「蒲団」(『新小説』9月)を発表した。妻子ある身で女弟子を恋い慕い、その女弟子の使っていた蒲団に顔を埋めて、性欲に悶えながら泣いた人間が自分なのだと、花袋はここに記していた。

 世の良識を逆(さか)なでせずにはいない、このいとも不逞な態度で書かれた言葉は、日露戦争後の日本で、現在のわれわれの目から見れば不思議なくらい熱い支持を集めた。花袋の小説だけではない。すでに1906年に国木田独歩や島崎藤村の問題作が文壇の話題をさらって、小説のあり方は一変していた。

 華麗な修辞や理想的な物語に背を向けながら、厭世、性欲、虚無主義、社会と個人のあいだの衝突など、人生の暗い側面や不穏な現実をあるがままに描くその小説には、自然主義という名前が与えられた。

 この自然主義の歩みを辿ることは、社会の自己再生の様子をわれわれに教えてくれる。どのような偉大な道徳や先人の教えも、時の流れとともに避けがたく色褪せていく。世代が入れ替わり、国境の外から新しい物や見方が入り込み、もろもろの文脈や記憶が失われるにつれて、新道徳だったものは旧道徳に変じ、形骸や虚飾と化していく。

 そのときしばしば社会はこの形骸や虚飾を払いのける、赤裸々で不整頓な、多くの場合に共同体の秩序を揺るがす言葉を生み出すことで、みずからを修復し、再生していく。この「裸体の言葉」の力やふるまいを、日本という舞台で、またとないくらいに鮮やかに観察できる標本が自然主義なのである。

 自然主義が席捲した頃の思想状況を少しうかがっておきたい。1909年に『時事新報』は国民の必読書をあげるように識者たちに求め、一覧を示した(無署名「内外百書採点表(終結)」11月10日)。この上位10点の本と得票数を掲げてみよう。

 第1位 論語(221票)
 第2位 孟子(172票)
 第3位 日本外史〔頼山陽著〕(131票)
 第4位 福翁百話〔福沢諭吉著〕(110票)
 第5位 史記列伝〔司馬遷著〕(107票)
 第6位 太平記(88票)
 第7位 新約全書(87票)
 第8位 スマイルス自助論(86票)
 第9位 史記〔司馬遷著〕(81票)
 第10位 大学(79票)

 第1位を占めた『論語』は、父母や兄や年長者によく仕えるように人々に求め、尚古思想(昔の文物や制度を尊ぶこと)を強く打ち出した本である。かなり保守色が強い道徳が明治の世を根強く覆っていたことがわかる。

 ニーチェやイプセンなどの新しい西洋思想を満身に浴びた青年たちは、もはやそうした徳目に飽き足らなかった。青年たちの胸にわだかまるこの鬱屈を吸いあげる新興思想勢力として現れたのが自然主義なのである。現に自然主義の牙城だった雑誌『文章世界』は、『時事新報』の必読書一覧をとりあげ、その読書範囲の卑しさを嘆いていた(一記者「文壇其の折々」1909年11月15日)。

 そして自然主義が繰り出したのが、『論語』の教えからおよそ程遠い、厭世や性欲や虚無主義や年上世代への反抗心などをあるがままに綴る裸体の言葉だった。このような共同体の秩序を揺るがす言葉をつうじて、自然主義は新たなものの見方を広め、明治日本の人心を作り替えていった。

 もちろん裸体の言葉は自然主義の専売特許品ではない。はるか昔、イエスという男はパリサイ人の形式主義に挑む荒々しい言葉とふるまいをつうじて、新たな教えを広め、十字架刑に処せられた。その後、イエスの教えはしだいに勢力を増し、ヨーロッパを中心とする各国の歴史を塗り替えていった。形式の空洞化に立ち向かう裸体の言葉が、ときに大がかりな共同体の作り替えにつながることを、イエスの歩みは教えてくれる。

 ほかにも、既存の美徳にたいする否定衝動に貫かれたニーチェの哲学や、世の顰蹙(ひんしゅく)を買いながら20世紀後半の若者たちを熱狂させたロックンロールなど、裸体の言葉の力を物語る事例は数多い。今日の日本を引き合いに出せば、野性的な経営手法で人々を驚かした実業家の堀江貴文のような人物がその一例だろう。

 細胞が自己修復を行なうように、どうやら社会はその構成組織(人々のものの見方や価値観)の衰えをまのあたりにするとき、裸体の言葉を生み出すことで、みずからを再生させる仕組みを備えているようだ。自然主義史という切り口から、この社会の自己修復機構のありようをつぶさに眺めてみたい。

※本記事は、木村洋『「蒲団」の時代:自然主義とは何だったのか』(新潮選書)の一部を再編集して作成したものです。

木村洋(きむら・ひろし)
1981年、兵庫県生まれ。高校時代に丸谷才一の本に出会い、文学研究に興味を抱く。2010年、神戸大学大学院人文学研究科博士後期課程修了。 熊本県立大学文学部准教授などを経て、上智大学文学部教授。博士(文学)。専門は日本近代文学。著書に『文学熱の時代:慷慨から煩悶へ』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞)、『変革する文体:もう一つの明治文学史』(名古屋大学出版会)。2026年に『「蒲団」の時代:自然主義とは何だったのか』(新潮選書)を刊行。

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