松本若菜vs鈴木保奈美『対決』に教わる 白黒つけすぎると外科医不足で命が失われる

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

求められる現場の男女平等と女性医師の覚悟

 医大入試における女子差別が発覚したとき、医大や医師の周囲を中心に次のような声が上がった。「女性医師は結婚や出産で離職しがちだし、結婚や出産を意識して、外科医をはじめ長時間労働や休日出勤が多い分野を選択したがらないので、入学者数を抑えるしかない」。現場の医師の意見も、次のようなものが少なくなかった。「女性医師が産休や育休に入ると、男性医師(または独身の女性医師)でその穴を埋めざるをえないので、女性医師が多いと職場が疲弊する」。

 だからといって、入試段階で女性を排除すればいい、という考えは安易だが、しかし、入試で男女平等を徹底するなら、現場でもそれが徹底されなければ釣り合いがとれない。

 すなわち、女性医師が結婚や妊娠、育児と仕事を両立できない職場環境なら、それを改善すること。やる気さえあれば家庭と仕事の両立が困難ではない職場環境の創生、と言い換えてもいい。もうひとつは一人一人の問題だ。家庭との両立が困難になったら仕事はやめればいい、という意識で医師になる女性がいるとしたら、その意識を改善するしかない。

 というのも、現実の医療の現場では、たとえば外科医の不足が深刻だ。厚生労働省の統計によると2024年には2万6,885人で、20年前にくらべて2割程度減った。医師の総数は34万7,772人で、3割近く増えているので、外科医になりたい人が減ったということにほかならない。しかも女性医師の割合は増え続け、24.4%に達したが、外科医にかぎれば全体の6%台ときわめて少ない。

 女性の外科医が少ない最大の理由は、前述の「声」にあったように、長時間労働や休日出勤、夜間の呼び出しなどが多く、家庭や育児との両立が困難だからだとされる。負担が大きい外科医は、男女ともに避ける傾向にあるが、女子はなおさらだという。

 そうであるなら、医大や医学部が女子受験者の点数を下げていたのは、あってはならない差別だったとしても、その点を是正しただけでは、外科医不足に拍車がかかる。問題の全体像を俯瞰せず、ある部分に「白黒つける」だけでは、別の問題が深刻化しかねない。

必ず「欠点」への手当てを

 外科医不足という現状を前にして、医局員が交替で休みをとれるようにし、男性の育児参加を推奨するなど、対策を講じている病院も増えている。長時間を要する手術を、以前は同じ外科医が執刀していたのを、交代制にして負担を軽減し、当番制にして休日の呼び出しをなくす、などの取り組みを進めている病院もある。

 本来、女子の受験者を差別する前に、医療の現場でこうした取り組みを進めるべきだったのだろう。だが、現実に取り組んでいなかった以上、入試でいきなり差別をなくせば、現場の疲弊に直結しうる。それが医療の現場である以上、疲弊したり、医師不足が生じたりすれば、助かる命が助からない可能性につながる。

 だから、「白黒つける」のは怖い。「白黒つける」ことで問題が解決したと考えられてしまう恐れがあるから、怖いのである。

 記者が正義を貫き、社会を動かしたことで、だれかは救われても、だれかは救われない可能性がある。そういう視点を失ってはならないと思う。松本若菜演じる檜葉菊乃の正義感が満たされれば、女子受験生は救われる。だが、医療の現場にはひずみが生じたせいで、救われない命も生まれるかもしれない。檜葉にとって医大は「悪」でも、医大には「医療現場を守るためにギリギリの判断をした」という正義があるかもしれない。

 私たちの社会を前進させるためには、その両面への目配せが必要で、あるテーマを推進する際には、そのテーマが包含する「欠点」への手当ても必要だ。手当ができないなら、「グレーのまま」という選択肢もありうる。そんなことを考えるきっかけに、ドラマ『対決』がなるといいのだが。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。