トランプが北朝鮮と“手打ち”する日 米朝接近で拉致問題が永久に置き去りになる「最悪のシナリオ」
【第2回記事/全4回】
トランプ大統領が再び金正恩に接近する気配が漂う中、米朝が「核軍縮」で妥協するシナリオが現実味を帯びつつある。北朝鮮が核を持ったまま制裁解除される——そのとき拉致問題はどうなるのか。
拉致被害者当事者である蓮池薫さん(新潟産業大学特任教授)は「日本にとって最悪の事態」と警告する。朝日新聞元ソウル支局長で、米韓の外交・情報関係者に知己も多い牧野愛博外交専門記者との対談で、拉致の現在を全4回でお伝えする。
第2回では、迫り来る米朝合意の悪夢について警告する。
※本記事は、新潮社が現在無料公開中の対談動画対談動画「拉致の現在」(蓮池薫×牧野愛博、2026年2月26日収録)をもとに、編集部が再構成したものです。
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最悪のシナリオ
牧野:党大会で、金正恩の結びの言葉がありました。核は捨てません、アメリカには徹底的に対抗するけれど、アメリカが反省したら付き合ってやってもいいよ、と。韓国は敵視して、あくまで二国家である、と。この前、韓国の人と話していたら、北朝鮮軍は結構侮れない、と。ウクライナで実戦経験を積んでいるそうです。韓国軍の最新の実戦経験はベトナム戦争なので、北朝鮮軍は近代化していて非常に危機感を持っているとか。李在明(イ・ジェミョン)政権が一生懸命、南北融和を言って、南北軍事合意も復活させるんだと言っています(李在明:第21代現大韓民国大統領)。しかし大きな絵図で見ると、トランプ大統領が習近平と会って、お互い核軍縮でいいんじゃないの、と、米中が握る。韓国や日本はちょっと大変かもしれないけれど、北朝鮮が暴走しないほうがいいから核軍縮で手打ちしますか、ということになりそうな気がします。蓮池さんはどうご覧になっていますか。
蓮池:一括で完全な非核化は難しいとは思うんですけれども、非核化という看板は日米韓でずっと維持していくことは必要だと思います。李在明もそうですし、トランプ政権もそうですけど、段階論と言っていますね。一部縮小、最後に非核化。だけれど、北朝鮮が最後まで行くわけがない。軍縮で得られるものを得れば、そこで降ります。そうなると、制裁は解除された、核は持ってる。
牧野:パキスタンみたいになるわけですね。
蓮池:そうです。アメリカへの脅威は多少減るかもしれませんが、こういう状況が日本にとって最悪だと思います。
牧野:そうですよね。
蓮池:ほんと最悪。
牧野:我々が言っていた核ミサイルの解決というのは、北朝鮮が非核化してミサイルも捨てることを指していた。
蓮池:ええ。
牧野:しかし、軍縮だけで終わってしまうと、核ミサイルを認めることが、「解決」になってしまうことになる。
蓮池:しかも北朝鮮は、核を使って戦争をするというよりは、党大会の結語にも出ていましたが、核保有国として振る舞うことが目的です。核を外交のカードにする、核を使ってプレッシャーをかけてやる、という決意です。そうなれば、日朝は、核で脅し/脅される国家関係になってしまう、いくら軍縮しても。日本にとって、これは最悪です。アメリカは、まあいいよって感じですよね。ですから、今こそ、日本は、米韓と、非核化について、ディテールまで一致させるための話し合いをすべきだと思うんです。
牧野:なあなあでなく、大まかなところでやらずに。
拉致問題は置き去り
蓮池:日本はあくまでも非核化の看板は降ろしちゃいけない。絶対、降ろしちゃいけない。拉致問題にも繋がってくると思うんです。核を持った北朝鮮が、拉致問題で譲歩するわけがない。
牧野:トランプ大統領は、ウクライナ戦争でもウクライナを入れずにロシアと直接交渉したり、同盟国をひたすら無視するので心配です。高市総理は今度アメリカに行きますが、核軍縮をするならするでもいいけれど、最終的な核廃絶の目標は、日米韓は絶対降ろすなと言って欲しい。
蓮池:絶対そうです。
牧野:そこは絶対に言わないといけませんね。アメリカの専門家に聞いたら、トランプ大統領は、第一次政権のときから、北朝鮮とは、軍縮、核保有はおろか、国交正常化もしていいと。
蓮池:うーん。
牧野:国交正常化して、俺が北朝鮮に投資してやる、といったようなことも言っていたといいます。日本の意思を米朝国交正常化交渉に介入させる、そういう努力がいるということですね。
蓮池:北朝鮮は制裁解除を望んでいる。
牧野:はい。
蓮池:プラス経済的な支援も。
牧野:そうですね。
蓮池:あのトランプさんが、どんどんお金を出すわけがない。
牧野:そうですね。お前が払え。
蓮池:日本が払えっていうことになるわけじゃないですか。そのへんについて、日本の立場を、今からでもしっかり伝えるべきだと思うんですよ。
牧野:なるほど。
蓮池:勝手なことをやったら日本は絶対出しません、と。我々は受け入れない、と。今、非常に危ない状態です。非核化問題は危機状態にあると思います。
牧野:核ミサイルは解決しない、拉致問題も解決しない。でもお金だけは取られるっていうんじゃ、何の意味もないですね。
親たちの後ろ姿
牧野:今年でちょうど、蓮池さんが戻られて24年。節目の年です。私が拉致問題で記憶に残るシーンが二つあります。一つは、外務省の記者クラブにいたときに、横田さんご夫妻がアジア局長に請願に来られたんです。まだ拉致問題が広く知られていないときです。記者クラブの窓から外務省の正門を見ていたら、ご夫妻が二人でとぼとぼ歩いておられるのが見えて。申し訳ない、という気持ちがあったんです。もう一つは、2006年、平壌で、横田めぐみさんの旦那さんの金英男(キム・ヨンナム) さんが、娘さんを連れて記者会見されたんですね(金英男:北朝鮮による韓国人拉致被害者。横田めぐみさんの元夫で、娘が一人いる)。
蓮池:はい。
牧野:十分な記者会見はできなかったんですけれど。高麗ホテルを金英男さんが、娘さんを抱いて出ていくところが、横田さんご夫妻の姿とオーバーラップして、凄いかわいそうだ、申し訳ないと感じたんです。それぞれが被害者です。もちろん金英男さんも、本当のことは言っていないかもしれませんが。
ブルーリボンバッジを着けて下さい
牧野:なぜ24年間、拉致問題を解決できなかったのか、ずっと考えています。世論の巨大な盛り上がりを見た政治家の中には、選挙対策で言及する人もやっぱりいたように思います。外務省でも、帰任した大使が総理に面会する際、部下がブルーリボンバッジを出してきて、これを着けて行って下さい、って言ったり。形骸化している。メディアも、拉致問題にきちんと取り組んでこなかった反省があります。拉致関係者がおっしゃることは批判しない。私も含めて、異論がなかなか出ない。批判されるのが怖いから。
蓮池:でしょうね。
牧野:ストックホルム合意の再調査で、北朝鮮から非公式に、二人の存在が確認されていますと言われたとき、当時の安倍総理が、その二人で問題を幕引きされると世論を納得させられないから、と、報告書の受取を拒否したのは、世論に飲み込まれた典型的な発言だと思うんです。どんな方であれ、同じ日本人であることに変わりありません。帰国したいと思っていらっしゃるかもしれない。
情報が集まるのは政府しかない
牧野:拉致問題の解決に力になれなかったという自戒も込めて、蓮池さんからご覧になって、これからの一年一年、一日一日を無駄にしないためにもどうしたらいいのでしょうか。
蓮池:拉致問題は、アメリカの要素が大きいので、米朝交渉が始まって、次は日本、というプロセスになるとしても、日本は独自に北朝鮮にどんどん働きかけていかなければならないと思います。解決方法について、日本の考えを伝えるなり。あくまでも主体は、政府の外交当局と拉致対策本部。政府が、最大限の人を救える方策を作る。また、作ったと思います。ここを後押しするために、政治が支援しなければいけない。例えば、高市総理、木原官房長官です。色々な意見があるでしょう。そうした方々の意見に飲み込まれずに済むにはどうしたらいいか? それは情報なんですね。
牧野:なるほど。
蓮池:政府が一番情報に接している。最も確実な道を見つけ出せるのは、我々じゃないんですよ。団体じゃないんですよ。政府に情報が集まるし、頭脳も集まっているし、人脈もある。その人たちが何かミスをしても、俺が責任取る、私が責任取るという政治家が背後にいることも必要です。この座組で北朝鮮に呼びかければ、あ、本気だなと伝わります。失敗したら責任を負わされるんじゃないかという恐れがあると、やらない理由になってしまう。政府は主導権を握る。もちろん周りの意見を聞く。強硬な意見は、交渉の圧力材料に使えばいい。そこが今、見えないっていうのはありますよね。
牧野:我々メディアが報道しなければいけないのも、そういう視点からの報道なんですね。
蓮池:そうですね。是非そうしていただければと思います。
蓮池薫さんと牧野愛博さんによる対談動画「拉致の現在」は、現在無料公開中。動画では、北朝鮮のウクライナ派兵の実態や金正恩の後継者“ジュエ”についても詳しく語られている。
▼対談動画「拉致の現在」(2026年2月26日収録):https://www.youtube.com/watch?v=jO-pmPt3yxY
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第1回記事の〈実は北を追い込んでいる——拉致被害者・蓮池薫が語る、今変えるべき交渉の方向〉では、北朝鮮がすでに交渉上「追い込まれた」状態にあるという蓮池さんの分析と、日本がとるべき情報収集の方向性について語られている。





