暴力問題で「伊勢ケ浜親方」に処分も…「悪いのは伯乃富士」という雰囲気への違和感 いまあえて角界版“令和の怪物”にエールを
大学王者が、高校チャンピオンを一蹴
私が初めて伯乃富士こと落合哲也を見たのは、令和3年の全日本相撲選手権、いわゆるアマチュア横綱を決める大会だ。インターハイ王者として出場した高校3年生の落合が、旋風を巻き起こした。勢いがすごかった。年上の強豪を次々に撃破し、決勝トーナメントに進む「成績優秀16選手」の中に残った。会場の空気は、このまま落合が優勝するのではないか、という予感に包まれていた。
その日私が両国国技館に足を運んだのは、第一に中村泰輝(日本体育大3年)を応援するためだった。初優勝を見届けるため、と言ってもいい。高校2年のころから中村を応援し始めた私にとって、この日はついに、私の“才能を見抜く眼”が正しかったことを天下に証明できる日になるはずだった。
中村の優勝を期待する者にとって、落合はいかにも危険な存在に見えた。身体はそれほど大きくないが、勢いが突出し、相撲の上手さも感じられた。
抽選の結果、なんと準々決勝で落合と中村が当たることに決まった。いまの四股名で言えば、伯乃富士(落合)と大の里(中村)の対戦が早い段階で実現した。中村の優勝を願う者としては、できれば決勝まで当たらない組み合わせがよかった。他の誰かが落合の勢いを止めてくれれば、中村は落合と直接対戦せずに覇権を握ることもできるだろう。ところが、そう簡単にはいかない。
不安な思いで見つめる中、中村は落ち着いた相撲を取り、わりとあっさり落合を土俵に這わせた。大学王者が、高校チャンピオンを一蹴した。実力と経験を見せつけた中村の成長に感嘆し、頼もしく感じる一方、落合の名前は強く印象に刻まれた。
「令和の怪物」
落合は、全日本ベスト8で「三段目格付け出し」の資格を取ったが、高校卒業後すぐ角界には入らなかった。肩の手術が理由と言われている。一年間は、父が経営する会社の相撲部員として大会に出場。全日本実業団選手権で優勝し、見事に「幕下15枚目格付け出し」の資格を手にして角界入りした。入門したのは元横綱白鵬の宮城野部屋だ。高校の先輩・照ノ富士にも声をかけられたが誘いを断り、白鵬に弟子入りした。後年、その照ノ富士のいる部屋に移籍し、しかも引退後照ノ富士が親方になるという、皮肉な因縁が今回の出来事の背景にある。
入門直後、落合は大相撲でも破竹の勢いを見せた。初土俵は令和5年1月場所。いきなり7戦全勝で幕下優勝。1場所で十両昇進を決め、3月場所は10勝5敗。5月場所は14勝1敗で十両優勝し、わずか2場所で幕内に昇進した。この時の勢いは、全日本で旋風を巻き起こした落合そのものだった。令和5年7月場所、新入幕で優勝争いに加わり、千秋楽を優勝争いの首位で迎えた。あわや新入幕で優勝の快挙を遂げる寸前まで行き、日本中を興奮させた。千秋楽の相手は、同じく3敗で並ぶ豊昇龍(この時は東関脇)。勝った方が優勝決定戦に進む大一番は豊昇龍に軍配が上がり、結果的に豊昇龍が優勝、伯乃富士は快挙を逃した。世間では「令和の怪物」と形容され、それが彼の代名詞となった。
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