紅白で唄った「赤とんぼ」、審査員だった“浪速のロッキー”の目には光るものが…由紀さおり・安田祥子「童謡コンサート40周年」唯一無二の魅力

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100人の観客がいたら…

 記者には忘れられない思い出がある。1994(平成6)年おおみそかの、第45回NHK紅白歌合戦。出場したさおりさんと祥子さんが「赤とんぼ」を歌っている途中、審査員席の俳優・赤井英和(66)の目から、涙がツーっと頬に落ちるのをカメラがとらえた場面――。

「私は歌謡曲、お姉ちゃんはクラシックと、大人になってから進んだ道は違います。でも、ひばり児童合唱団(*1943年に設立された日本を代表する児童合唱団)で皆川和子先生の指導を受けていますので、童謡は理屈抜きで一緒に歌えるジャンルです。でも、気を付けていることは、私なら“由紀さおり風に歌わない”。お姉ちゃんは自分にとって一番歌いやすいキーではなく、お客様が聴いていて違和感なく、自分も一緒に口ずさめるようなキーで歌うこと。(由紀さんの本名でもある)安田シスターズとして、二人で一つの作品を作ってきました」(さおりさん)

 だからね――とさおりさんは続ける。

「私たちが歌う『赤とんぼ』を、100人のお客様が聴いてくださったら、それぞれの頭の中に色々なイメージや情景が浮かぶように……どの曲でもその思いは変わりません。『赤とんぼ』なら、ストレートに赤とんぼを連想する人もいれば、故郷の景色、両親の姿、子供のころに過ごした学校や遠足でいった野山、先生や友だち……そうした情景や思いに浸れるように、歌い続けてきたんです」

 赤井さんが思わず流した涙の理由はこの辺りにあるのだろう。歌唱以外にもこだわりはあるのだろうか。

「衣装のチョイスですね。ステージで着る衣装も含めて、大体、私です(笑)。お姉ちゃんの好みは分かっているから、素材や色目とか、いくつか選んだ中から、最終的に“これ、どう?”と相談して決めています」(さおりさん)

 ただ、一見すると同じように見える衣装でも、細部にこだわりがあるという。

「もし、二人の衣装が違い過ぎてしまうと、お客様の目があちこちに行って、落ち着かなくなる。でも、同じ衣装を着ていれば、お客様もイメージが固まりやすいし、シンプルなものでもより華やかに見える。でも、私のスカートが短めならお姉ちゃんはロングにするとか、二人で全く同じものを着ているのではなくて、少しだけ違うようにしています」(さおりさん)

 こうした細部にまで徹底的に気を配るのは、姉妹を育て上げた偉大な“プロデューサー”の存在がある。

【第2回は「「向こうへ行って遊んでらっしゃい」…由紀さおり・安田祥子の“厳しい母”が病床で発した“最期の言葉”」】

姉・安田祥子
声楽家。妹の章子(由紀さおり)と共に「ひばり児童合唱団に所属」。東京芸術大学卒業後、オペラ「フィガロの結婚」のスザンナ役で声楽家としてデビュー。ソプラノ歌手としてモーツアルトからワーグナーまで、数々のオペラに出演する傍ら、東京芸大講師として18年間、後進の指導にもあたる。日本歌曲、童謡、唱歌からクラシックまで幅広いジャンルを歌い、講演活動も行っている。

妹・由紀さおり
本名・安田章子。幼少期から童謡歌手として活動し、姉の祥子と共に小学~高校生まで「ひばり児童合唱団」に所属。1969年「夜明けのスキャット」でデビューする一方、女優として映画やドラマ、またバラエティ番組への出演や司会など、多方面で活躍する。1970年、「手紙」で日本レコード大賞歌唱賞、83年、映画「家族ゲーム」で、毎日映画コンクール女優助演賞を受賞。姉の祥子と共に、美しい日本の歌を次世代に歌い継ぐ活動を続けている。

デイリー新潮編集部

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