「ピッチャー、第1球を投げました!」 プロ野球「ラジオ実況」で3分に一度は伝える必要がある“大切な情報”とは?

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 プロ野球に限らず、ラジオやテレビでは様々なスポーツ中継を聴くことができます。プレーの凄さ、プレイヤーの素顔、ゲーム中の一瞬のできごと……こうした様々な場面を切り取り、言葉で伝えるアナウンサーの仕事の醍醐味はどこにあるのか? 東海ラジオで35年、そして現在もしゃべり続ける村上和宏さんが解説します。

アナウンサーになった理由

 WBC終了直後の3月20日配信の連載で、ラジオとテレビでは、実況するアナウンサーには違いがあり、「回を改めて紹介する」とお約束しました。

 今回はこのテーマを述べていきます。

 私がスポーツ中継担当アナウンサーになったのは、もともとこの職種を志望していたからではなく、会社からの業務命令でした。

 学生時代から、就職先はマスコミ志望でした。しかも、当初は放送ではなく、新聞や出版など活字の世界に行きたかったのですが、当時、お世話になっていた某出版社の編集部員の方から「マスコミの入社試験は、一般企業のそれとは全く違うから慣れておいたほうがいい。マスコミの中では放送が一番早く試験が始まるし、ちょうどニッポン放送で社会人も対象にしたパーソナリティー試験があるから受けてみれば」とアドバイスを受け、軽い気持ちで申し込んだのです。

 ところがその試験で、何千人という受験者の中から最終試験目前の17人まで残ったことで、「本当にアナウンサーになれるかも」と気が変わり、ほかの局にも応募することにしたのです。

 しかし試験に残って人数が絞られてくると、私以外の受験者はアナウンサー養成の専門学校に通ったり、大学のアナウンス研究会やマスコミ就職対策サークルに所属していたりという人ばかり。アナウンスの基礎すらわかっていないのは私一人、という状況でした。

 それでも、どこの局を受けてもほぼ同じ顔ぶれが残る中で、他局の募集情報などを教えてもらえるようになり、「いけるかも」という気持ちが強くなっていきました。今思えば、この過剰なまでの“自信”もアナウンサー試験を乗り切るには必要だったのかもしれません。

 私は4歳でピアノを習い始め、小学校では少年少女合唱団、中学、高校は吹奏楽部、大学ではモダンジャズ研究会(トランペット)と、常に音楽が身近にありました。また、中学時代はもう寝たと見せかけて布団をかぶり、親の目を盗んでラジオの深夜放送にかじりつくほどのラジオ大好き少年でした。こうした経緯から、もしアナウンサーになったら、ラジオの深夜番組やワイド番組を担当したいと考えていました。

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