「炎鵬」奇跡の関取復帰 「相撲どころか歩くことさえ……」脊髄損傷の大ケガを跳ね返した“不屈の相撲人生”
日本相撲協会が3月25日に開いた番付編成会議で、3月場所東幕下4枚目で5勝2敗だった炎鵬(31歳)の十両昇進を決めた。炎鵬は脊髄損傷の大けがで2023年7月場所を最後に関取の座から陥落、一時は最下段の序ノ口にまで番付を落としていた。幕内で活躍した力士が序ノ口から関取に復帰するのは昭和以降では初めてだという。【取材・文=小林信也(作家・スポーツライター)】
屈辱を嫌でも味わう局面が日常のあらゆる場面で
詳しい相撲ファンならご存じだろうが、約3年ぶりの関取復帰は、つまり「3年間、無給の生活に耐えた」ことを意味する。力士は所属部屋に住居と食事を提供されるとはいえ、幕内時代は月給140万円以上もらっていた炎鵬にとってその落差は大きい。
それだけではない。相撲界は人権尊重が叫ばれる現代にあっても伝統的な階級社会が維持されている。十両以上の「関取」と幕下以下の「取的」では歴然とした待遇の違いがあり、取的は行動も制約されている。
十両でも110万円の月給がもらえる関取に対して、幕下以下は「場所手当」が年6回数万円支給されるだけ。艶のある繻子(しゅす)の締め込みは十両以上に許され、幕下以下は木綿の廻しだ。力士の正装といえば紋付き袴、白い足袋に畳敷の雪駄だが、幕下の足袋は黒で、序二段、序ノ口は素足に下駄しか許されない。
結婚が許され、部屋を出て暮らせるのも関取だけで、取的は結婚も部屋を出て暮らすこともできない。
昨年5月、中学時代(金沢市の西南部中)の同級生・輝関(当時十両)が結婚を発表した時、地元紙・北國新聞の取材に炎鵬が「自分はないっす。まだそんな余裕はないので、相撲に集中」と答えている。それは、もし相手がいて結婚したくても「取的では結婚できない」という相撲界の厳しい掟を意味する言葉でもある。
関取時代にはタクシーで場所入りもできた炎鵬が、電車やバスで場所に向かう。立派な大銀杏は許されず、丁髷(ちょんまげ)で土俵にあがる。いわば、降格の現実そして屈辱を嫌でも味わう局面が日常のあらゆる場面で突きつけられるのだ。
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