彬子さまも「和菓子」の魅力を綴られて…実は深い繋がりがある「皇室」と「和菓子」の関係に迫る

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くず餅は関東と関西で違う

 彬子さまは生活情報のニュースサイト「ESSEオンライン」のインタビューで、「私は新年に宮殿でいただく御菱葩(おひしはなびら)が子どもの頃からとても好きで、こちらをいただかないとお正月が来た気がしません」と語り、こう述べられている。

「御菱葩は、新年の和菓子である花びら餅の原型です。円形の白餅と菱形の小豆のお餅を組み合わせて二つ折りにし、ゴボウと白みそを包んだもので、齢を固め、長寿を願う『歯固め』の儀式にちなむとされています。花びら餅には求肥が使われていますが、御菱葩は普通のお餅です」

 和菓子に対する彬子さまの造詣の深さがよく分かる。昨年5月には、北海道旭川市で開かれた、国内最大規模の菓子の祭典「第28回全国菓子大博覧会・北海道」に足を向けられている。

 一口に和菓子と言っても、宮中への献上品をルーツに持つものと、庶民生活の中で育まれてきたものに大別される。後者の代表には、民衆の生活が比較的安定し、元禄文化や化政文化など大衆文化が発達した江戸時代に定着した今川焼き(大判焼き)やたい焼き、くず餅、外郎(ういろう)などがある。ちなみにくず餅には関東発祥の久寿餅と関西発祥の葛餅があり、あまり知られてはいないが、それぞれ原料は異なる。いわゆる「くず粉」は奈良が産地の吉野本葛のことをいい、麦の産地だった川崎大師の周辺で生まれた久寿餅の原料は小麦粉である。

 一方、献上品をルーツに持つ和菓子が皇室と深い縁を持つことは言うまでもない。室町時代に京都で創業し、後陽成天皇に羊羹を献上して以降、御所の御用をつとめてきたのが前出のとらやだ。贈答品としても定番となっているとらやの羊羹は当時、現在の煉り羊羹とは違い、日持ちがしない蒸し羊羹に近いものだった。他方で水羊羹は江戸時代、霊元天皇の要望によって京の菓子屋「亀屋陸通」が柔らかい羊羹を作ったのが始まりとする説もある。

小倉餡を嵯峨天皇へと献上

 わらび餅は平安時代に既に存在していたことが文献によって確認されているが、特に醍醐天皇の大好物だったことで知られ、その美味しさから「岡太夫」という官位(異名)を授けられたとの逸話も残る。

 みたらし団子は京都の下鴨神社(賀茂御祖神社)の境内にある、御手洗(みたらし)池が由来。後醍醐天皇が御手洗池で水をすくったところ、最初に泡が1つ浮かび、続いて4つの泡が浮かび上がったことから、その泡の様子を団子に見立てて作られたのが始まりと言われている。

 和菓子の味を決定づける柱の一つが餡子(あんこ)だ。その中でも広く知られる小倉餡と十勝餡は、対照的な存在である。明治政府の国家プロジェクトで開拓された北海道の十勝産小豆を原材料とする十勝餡に対し、小倉餡は第99代後亀山天皇の嵯峨小倉陵がある、京都の小倉山がネーミングの由来とされ、周辺で採れた大納言小豆を原材料とした。歴史も古いだけでなく、京の都のお膝元という土地柄もあり、皇室との結び付きは当然、強い。

 平安時代に空海が中国から持ち帰った小豆を小倉山の麓で栽培し、和菓子職人の和泉和三郎が砂糖を加えて煮詰めた餡を作ったのが始まりだ。和三郎作の小倉餡は独特の甘さに加え、その美味しさから嵯峨天皇に献上されたとも伝わる。

 現在、築地に本店を構える「塩瀬総本家」は、1349(貞和5)年に林浄因が日本で初めて小豆餡入りの饅頭(まんじゅう)を作った老舗である。後土御門天皇は林浄因の功績を讃えて「桐の紋」を許し、塩瀬の饅頭は歴代天皇のみならず室町幕府や豊臣秀吉、徳川家康など時の権力者から愛されてきた。

 羊羹で知られるとらやだが、菊をかたどった最中に餡を詰め歴代天皇に納めてきた最中のトップブランドでもある。最中では、東京都練馬区の「あわ家惣兵衛」の惣兵衛最中が明治天皇の陸軍大演習の際に献上された記録が残る、皇室ゆかりの銘菓として知られる。

 また旧秋季皇霊祭に当たる祝日の秋分の日は、歴代天皇・皇族の霊をまつる儀式を行う日で、この時期に先祖を敬い供養するお供え物として「おはぎ」が食べられている。1878(明治11)年から宮中では春の彼岸に当たる春季皇霊祭で歴代天皇・皇后の霊をまつる際に草餅が用いられてきた。このほか東京都港区にある「松島屋」の豆大福が昭和天皇にこよなく愛された銘菓とされる。

 大食いや食レポなど、グルメ系インフルエンサーが発信力を増す中、ラーメン男子のYouTuberを凌ぐ勢いで“バズ”っているスイーツ女子は少なくない。ソーシャルメディア(SNS)に置いていかれぬよう、既存メディアも情報番組や旅番組で連日のようにスイーツ特集を組んでいる。

 第一生命によると、昨年のなりたい職業ランキングでは小学生女子の部門でパティシエ(洋菓子職人)が前年に続いて1位となるなど、洋菓子に押されぎみの印象もある和菓子。子どもの目にはやや古臭く映るのかもしれないが、インバウンドの間で巻き起こっている抹茶ブームを追い風に復権の兆しも見える。和菓子復権の鍵は、皇室の伝統に裏打ちされた日本文化の再認識にあるのかもしれない。

朝霞保人(あさか・やすひと)
皇室ジャーナリスト。主に紙媒体でロイヤルファミリーの記事などを執筆する。

デイリー新潮編集部

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