彬子さまも「和菓子」の魅力を綴られて…実は深い繋がりがある「皇室」と「和菓子」の関係に迫る

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“スイーツ女子界隈”では「和菓子の人」として知られ、「小説新潮」で連載中の『マンガ 赤と青のガウン』の原作者でもある三笠宮家の彬子さま。ご自身でも雑誌の連載記事に「私はいつの頃からか、『和菓子の人』と思われている節がある」と綴られている。空前のスイーツブームの中、テレビでも朝の情報番組やバラエティ番組では連日のように「幻のチーズケーキ3選」「絶品たい焼き店ガイド」といった和洋菓子の特集が組まれている。そこで、古くて新しい和スイーツの魅力について、皇室の歴史を踏まえ考察した。

あの皇女和宮も愛した饅頭

 彬子さまは「和樂web」で執筆されている「彬子女王殿下が次世代に伝えたい日本文化」という連載記事の中で一昨年、「日本の伝統文化に関わっているイメージからなのか、皇族は和のものしか食べないと思われているのか、私が和菓子について書いた文章を読んだ方だったのか、真意はわからないけれど」とした上で、冒頭で紹介した言葉を綴られた。

 彬子さまは学習院大学文学部史学科で日本美術史を専攻された。英オックスフォード大学マートン・コレッジに留学された際には、海外から見た日本美術史をテーマに東洋研究所で研究を重ねられ、女子皇族として初めて博士号を取得された。「日本の伝統文化に関わっているイメージ」とは、これらのことを意味しているのだろう。

 また2021年、京都新聞夕刊の連載記事で、京都で創業した老舗「とらや」の社長から聞いた話として「成人の儀礼として、大きな饅頭(まんじゅう)の真ん中に萩の箸で穴を開けて、そこから月を見るっていうのがあったらしいんです」と、「月見饅」と呼ばれた和菓子を紹介している。

 これは皇女和宮が1860(万延元)年6月16日、お月見のためにとらやに注文したとの記録が残るものだ。月見は「月を眺めて賞する」ことのほか、中世には公家の子女の成人を祝った儀式の名称でもあり、16歳となって最初の6月16日に行われていた。16日の夜に饅頭を月に供え、うち1個に穴を開けて穴から月をのぞき見たとされる。彬子さまは当時の月見を再現するため、とらやにこの月見饅を注文し、幕末という時代に翻弄された悲劇のヒロイン・皇女和宮以来、月見饅が160年ぶりにとらやから届けられたエピソードを記事の中で明かされている。

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