「またまた神奈川県警か…」不祥事のデパートに警察庁長官もオカンムリ 過去には県警本部長が“警官の覚せい剤事件”を隠蔽
不祥事が続発
端緒となった1999年9月2日の一報は、時事通信が配信したスクープだった。神奈川県警厚木署地域1課・集団警ら隊の分隊長だった巡査部長ら5人が、新たに入隊した20代の巡査4人を殴ったり、拳銃を突き付けたり、手錠を掛けたりして集団で暴行し、県警がこの5人と上司の警部補2人の計7人を停職や減給などの処分にしながら公表していなかった事実が明らかにされた。
暴行は同年3月から7月にかけて複数回あり、体毛をライターで焼いたケースでは写真も撮影されていた。報道を受けて記者会見した県警側は「新隊員の教育に行き過ぎがあった」としつつも「部内の問題」と非公表にした判断を弁明したが、警察庁の関口祐弘長官(当時)は記者会見で「あるまじき行為」と述べ、深山健男県警本部長(同)は引責辞任に追い込まれた。
同10月26日には埼玉県桶川市で桶川ストーカー殺人事件が発生。所轄の県警上尾署が被害者の女子大生や家族からの被害相談をずさんに扱っていたことが明らかになったほか、翌2000年1月28日には、新潟県三条市で9年間にわたって監禁されていた少女を新潟県警が保護。翌日には未成年者略取・逮捕監禁致傷容疑で家宅捜索に着手したが、誘拐捜査の不手際に加え、保護の報告を受けた県警本部長が視察に来ていた警察庁特別監察チームの関東管区警察局長との宴席を優先し、本部に戻らなかった事実が表面化した。
この問題は「被害者感情を踏みにじり、雪見酒に興じていた」と世論の批判を浴びた。
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