身代金の受け渡し場所に突然の大型トラック…「誘拐犯」として轢死した「ハニカミ屋の男」、元上司が語った“目に見える変化”とは
兵庫県警のドタバタ
警察に通報が入ったのは拉致の10分後。それから18時間後に犯人のAが頓死し、33時間後にCちゃんが無事保護されて、事件は急転直下の解決をみたが、その間の兵庫県警の動きは、決して手際のいいものではなかった。
まず、複数犯人説にこだわり続けたこと。県警は「被害者の目撃談で『50代の年配の人』というのを信じていたからです」(広報課)と弁解する。その年格好と、身代金を要求する電話の若い声とが釣り合わないので、少なくとも2人以上の犯人がいるのでは、と思ったわけだ。
捜査陣をさらに混乱させたのは、事件中にBさん宅にかかってきた迷惑電話である。33回のうち、金の要求よりも、Bさんの妻にわいせつな行為を命じる内容のほうがはるかに多かった。
もう1つは、報道協定に関するモタツキである。報道機関に第1報が入ったのは事件の2時間ほど後だったが、刑事部長が正式に報道協定を申し入れたのは8日の正午近く。その間に、NHKのニュースなどで事件が流されてしまったために、迷惑電話のような便乗男も出てきてしまったのだ。「あとでわかったことだが……」と新聞記者が苦笑する。
「8日の午前中は、警察庁の刑事局長が、東京の小岩署がヤクザの組長を歓待した件で国会に召喚されて油をしぼられていたので、それで連絡がつかなかったというんです」
身代金を持って高速道路のバス停へ
いささかギクシャクしながら事の重大さに気づいていった警察だったが、捜査のほうは、犯人が速いテンポで具体的な要求を出してきたので、それに応じて態勢をととのえることができた。
8日の午前11時過ぎに5000万円の身代金要求があり、その晩の午後8時には、犯人の指示でBさんが5000万円入りのカバンを持って自宅を出た。Bさんの車は、たびたび変わる指示で中国自動車道を何度か右往左往したあと、神戸市北区にある中国自動車道・長屋バス停に到着する。午後10時34分のことだった。
「Bさんの乗った車のトランクには捜査員が潜み、また、この車をはさんで2台の覆面パトカーが付いていました。さらに、付近には捜査本部の45名と、芦屋署関係の検索、補捉、追尾班など165名、計210名の捜査員のうちのかなりが加わっていました」
と兵庫県警は、その水も漏らさぬ戒厳ぶりを伝える。その前の場所で出された指示は、
〈長屋バス停のベンチ下を見よ〉
というものだったが、ベンチの下にあった指示書は、
〈ベンチの上にバッグを置いて立ち去れ〉
というもの。いよいよ終幕が、あるいは新たな序幕が近づいてきたわけだ。
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3人目の縁もゆかりもない人物が、まさかの方法でそこへ突っ込んできた――。第2回【頭蓋骨骨折、脳挫傷でほぼ即死…「6歳児誘拐犯」を“身代金受け渡し現場”で轢いた大型トラック、運転手が葬儀に駆けつけた理由】では、緊迫の現場で発生した大事故について伝える。
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