なぜネットメディアは同じようなタイトルを乱発するのか? 「美人すぎる~」が読者を強く惹きつける“魔法の言葉”である理由
代わる言葉は…
だったら「美人過ぎる」を使わずに、同程度の破壊力を持つ言葉は一体何になるのだろうか。容姿を過度に強調はしない、という話で考えてみるべきだろう。「美人過ぎる」という言葉がここまで使われたのは“ギャップ”があるからである。女優やモデルが美人なのは、ある意味で当たり前であり、意外性がないので「美人過ぎる女優」「美人過ぎるモデル」という言葉は存在し得ない。
ギャップで言えば、かつてセゾンカードのCMで、68歳のお爺さんが器械体操の鉄棒で大回転をする映像が話題になった。これは「運動神経良過ぎるお爺さん」である。他にもこんなものが挙げられるのでは。「足が速過ぎるキャッチャー」「高級感が漂い過ぎるうまい棒」「金持ち過ぎる2歳児」「貫禄あり過ぎる2歳児」。
最後に登場した2歳児は、実際に存在した。ネット上で相当話題となったのだが、インドネシアのアルディ・リザルくんがその人物である。パンツ一丁でタバコを吸い、ウマそうに煙を吐くその写真は驚きをもって受け止められたのである。彼は1日40本もタバコを吸うヘビースモーカーで、後に禁煙に成功した。
果たしてこの手のギャップを「美人過ぎる」に代わる言葉で作るにはどうすればいいか。3人の編集者で座談会をしてみた。
A:そもそも「美人」でタップさせること自体がもうやってはいけないのでは?
B:じゃあ、何が代わりの言葉になるか、って話だが、「モデル風女性」「港区女子系女性」なんか入れればいいのかね?
C:いや、それは週刊誌の不倫報道でありがちの「〇〇(女優名)似の美女と手を繋ぎ、渋谷のラブホテルに入って行ったのである」みたいな話で、結局ルッキズムであることは同じじゃないかな。
B:確かに。高校野球で長身の右腕投手だと「東北のダルビッシュ」だの、足の速い左バッターだと「韓国のイチロー」とかになるのと同じ。結局イメージを与えたいのだろうが、「似てる・似てない」という余計な論争を誘発するだけ。
A:それがメディアの主張として「ニーズがある」なのでは?
C:いや、その安易な手法はやめたほうがいい、って話を穂川さんはしているんじゃないかな。
考え直す時期に
B:あくまでも写真を説明すればいいのではないだろうか?
C:それはアリだと思う。たとえば、肩が出たセクシーな写真をインスタに公開した時に「美人過ぎる気象予報士がセクシー写真公開 ネット『目のやり場に困る』と興奮」みたいなタイトルになるけど、「【画像あり】肩出しドレスでこちらを見つめる気象予報士の姿にとんでもない数の『いいね』がつく」みたいなもので行けば、ルッキズムではないのでは?
A:とはいっても、結局見た目で表現しているのは事実なワケでして……。ただ、「〇〇という職業にしては美人」という差別意識は消えるような気がする。
とまぁ、結論は出ないし、言葉というものは自然発生するもの。無理矢理作っても仕方がない。「美人過ぎる」が失礼なニュアンスがある現在、メディア人は表現を考え直さねばなるまい。
私個人としては、ファンがSNS上に書いた「奇跡の一枚」やら「これは額縁に入れて飾っておきたい」といったコメントを引用するのも手だとは思うが、これも、まぁ、陳腐ではある。それだけウェブメディアのインプレッション獲得合戦は疲弊状態にあるのだ。





