感動的トーク! 15歳の卒業生に向けて明石家さんまが語ったこと 「努力という言葉は使用禁止に」「背中に逃げ傷なく生きる」
3月、卒業式のシーズンとなった。
卒業式の来賓挨拶というのは往々にして退屈で、心に残らないことも多い。しかし時には出席者の心がわしづかみにされるようなシーンもあるようだ。
4年前、明石家さんまがある通信学校の卒業式にゲストとして出席。そこで発された言葉に卒業生や家族は大いに感動したという。
「さんま先生」卒業式出席の仕掛人は、元日本テレビプロデューサーの吉川圭三氏。「踊る!さんま御殿!!」などのヒット番組でプロデューサーをつとめ、公私ともにさんまと長い時間を過ごしてきた人物である。
15歳の若者たちを前に、さんまは自身の人生観をストレートに語った。
「努力という言葉は世の中からなくしていい」「苦労は売ってでもするな」等、その言葉は普通の一般的な祝辞とはかなり異なるものだったにもかかわらず、聴く者の心をしっかりとつかんだ。
その出席までの経緯と感動的なトークの一部を吉川氏の著書『人間・明石家さんま』をもとに見てみよう(以下、同書をもとに再構成しました・文中敬称略)。
ギャラ度外視で快諾
2022年の3月、私はさんまと実に8年ぶりになる仕事をした。当時、私が所属していたドワンゴとKADOKAWAが設立したインターネット通信学校「N中等部」が、開校初の卒業式を迎えようとしていた。そこでさんまにゲストとして登場してもらい、生徒たちにメッセージを語ってもらおうとしたのである。
そもそもは、N中の運営を担当している企画部長からの依頼だった。私も長い業界生活で数々の無理難題を打診してきたが、今回は予算も極端に少なく、支払える額も、彼のテレビ出演料から考えればとんでもなく少ないものであった。頼れるのは、これまでの長年の関係性のみ──。
私は、楽屋に出向き、さんまに直接頭を下げた。N中・N高は、“引きこもり”や“いじめ”など家庭内外で起きたことで不登校になったり、遠隔地で通学が困難だったり、スポーツや将棋などに打ち込むためにネット通信教育を選ぶ10代のためのものであることなどを説明した。
ギャラの事は事務所から伝わっているはずだ。さんまは少しだけ考えて、「ええで」と言ってくれた。この時、いくら意義のある仕事とはいえ、私はほぼボランティアみたいな仕事をプロのさんまに依頼してしまい大きな借りをつくってしまったと思ったが、その義理堅さに感謝しきりだった。
卒業式の司会は、私の後輩である元日テレのフリーアナ・馬場典子である。彼女なら、さんまの言葉を引き出してくれると期待した。
生徒たちにも保護者たちにもこのサプライズ出演は知らされていない。スクリーンが上がり、奥からさんま本人が突然会場に姿を現すと割れんばかりの大歓声が起こった。
ここからさんまはノンストップで全く手抜きの無い40分の祝辞を披露してくれた。以下、そのごく一部を抜粋する。それは、未来を担う子供たちに向けての「勇気が出る言葉」であるとともに、さんまの人生観・哲学がよく表れたものだった。以下、「 」内の発言はさんま、聞き手は馬場アナである。
テロと間違えられた
「これは、これは。ちょっと出ていいのか迷ったんやけども。知り合いがドワンゴにいて、元日本テレビの吉川くんという男なんですけども、彼から頼まれまして。ギャラはこんな水色の箱に入ったチョコレートひとつ(笑)。
今日という日、みなさんは15歳。ろくでもない15年の人生やったでしょう。コロナがあってね、それから戦争も起こり、とんでもない。みなさんはこの頃はあまりいいものを見れてない。私が登場っていうのも、あんまりよくはないと思うんですけど……(拍手が起こる)。心の片隅で、あぁ、卒業式にさんまが来たなって思っていただけるだけで結構ですので」
――さんまさんはどんな中学時代を送ったんですか?
「いたずらと親不孝の日々です。もう、親が何回も呼び出しを食らったり。おっちょこちょいは確かですけれども、学校の人気者であったのも確かなんですが。
私の中学校は奈良にあるんですが、校舎は古くて木造でね。ある日、爆竹を束にして、友だちと何個か木の根っこに置いて、ドーンと爆発させた。
そしたらすごい音と爆風で古い校舎の窓がビリビリってなってね。『赤軍派が攻めてきた~』となって、警察の機動隊が駆けつけたんです。トイレに隠れました(笑)」
――テロと間違えられた。
「そう。で、警察署に行って。その間に学校に親も呼び出されて。母親がもう、職員室で号泣ですよ。そういう思い出があります。まあ、当時からこうやって楽しく生きるようには心がけていましたね。警察は初めてやったけど(笑)」
背中に逃げ傷なく生きる
――ここにいる卒業生さんも同じだと思うんですが、さんまさんも「頑張ってもなかなか報われないよな」とか「楽しくないな」とか「努力しても報われないよな」とか、そういう思いも少なからず経験しているのではないですか。
「そうやね。ただ、『努力したのに』とかみんな言ってるでしょ。僕は、あの努力という言葉をすぐに使用禁止にして、この世の中の辞書から消したほうがいいと前々から思ってるんです。
あえて家族や先生や世間が『努力しろ』と言わずとも、結果的に自分が知らないうちに努力しているというのが一番いい。だから、結果ばっかり考えてもしゃあないし、頑張ったのに後で……とか言うても意味がないんです」
――結果を考えず目の前のことを頑張る?
「そうそう。『頑張れば絶対に何とかなる、成功する』とかたくさん言われるけれども、『結果は後できっとついてくるかなぁ』ぐらいでええと思います。そんなに自分にプレッシャーかけずにやったほうがいい」
――生徒さんの中には「頑張ることが難しい」という人もいるかもしれません。あるいは、頑張れって言われるけどつらいとか。
「ハッキリ言って、あまり頑張らなくていいと思いますよ。オレらの時代は『苦労は買ってでもせぇ』とよく言われたんですけど、『苦労は売ってでもするな』というのがオレだから。
そんなことより、せっかくこうしてこの世に生まれてきて生きているんですから。生かされるのはもう仕方がないことなので。そこで何をやりたいのか、カネ儲けしたいのか、人を幸せにしたいのか、皆さんが何をしたいのかオレは知らんけれども、生かされてるだけ生きたほうがいいと思いますよ。出来ればときめきながら楽しんで生きる。それは66歳の僕でもそうだと思います」
――さんまさんがときめくこととは?
「まあ今でも恋をしたりとか、ときめいてものすごく苦しいときもありますよ、それは言うときますけど(笑)。やめといたらよかったと思うことも沢山あるけれども。でも、やると決めた以上、一応仕事は一生懸命頑張ってきました」
――逃げるが勝ち、という言葉もある。でも選んだ以上は踏ん張る?
「人がみたら逃げたように見えるかもわかりませんけど、僕は逃げてません。僕ね、マンガの『ワンピース』の『白ひげ』ってキャラクターが大好きで。最期の言葉の『背中に逃げ傷なし』というのに感動してね。銃で撃たれた傷、刀傷はある。しかし逃げ傷だけはない、と。僕も逃げ傷がないんですよ……というのは逃げ切ったから(笑)。
まさに僕が人生を生きてきて、いつも思ってたのがこの『背中に逃げ傷なし』ということやから。人を裏切ったり、騙したりしても、いいことなんて何もない。金持ちでも貧乏でも、学歴があってもなくても、会社で偉くても偉くなくても、『背中に逃げ傷なく生きる』という。人生、これだけ思ってればいいと思うんです。これだけあればいい。ひとまずこれで終わります。みなさんありがとう」
明石家さんまは満場の拍手で送られた。その後、生徒や保護者たちからもたくさんの感謝の言葉が寄せられた。頼まれた時は誠に肝を冷やしたが、今振り返るとこうしてさんまの生き方を知り披露する稀な機会を与えてくれた角川ドワンゴ学園に感謝したい。
明石家さんまにとって自分の生きて行く術が「笑い」だった。そしてまるであの「近江商人」の教えの様に、送り手であるさんまと、その受け手である視聴者と、世間が喜ぶかたちが明石家さんまの「笑い」でもあった。たとえ同じ「努力」でも、自分の心の持ちようひとつでその有り様は変わってくると中学生たちに伝えたかったのだろう。
さんまはよく「オレは決して落ち込まない」と言う。「人は他人に期待したり自分を過信しすぎるから腹を立てたり落ち込んだりする。もっとできると思うからへこむ。自分だけが大変だと思うな。何があってもこんなもんだと思っていればいい」と。
他人に期待しない……そうは言っても、自分の攻撃的な笑いを誰より皆に認められたいというのも明石家さんまの本質である。やはりこの男はわずか一言では語れない。だが、その生き方を魅力的だと思わずにはいられないのだ。
人に期待せず、自分の持つ笑いの才能で世の中を少しでも明るく照らしたい──明石家さんまは、きっとそんなことを思いながら、今日もスタジオで現場でしゃべり倒すのだろう。










